信仰ゆえの希望
クリスティンの下の息子は、小児がんで亡くなりました。わずか7歳です。その3年後、上の息子も根治できない病気になりました。友人たちは彼女と悲しみを共にしました。しかし、キリストを信じていない友人たちは、こんな運命を許された神を信じ続けられる理由がわからなくて、「なぜ?」と問いました。

神の憐れみ
日曜学校の時間、私の忍耐は限界に近づいていました。3歳児のピーターは機嫌が悪く、他の子どもにも意地悪でした。一番人気のおもちゃをあげても、まったく満足しません。優しい気持ちがいら立ちに変わり「強情なままなら親のもとに返そう。彼が遊べなくなっても仕方がない」と思いました。

イエスのように
小型機の狭い通路にぬっと立ち上がった人は、『イエスのようになれ』という本をこれみよがしに持っていました。しかし、他の人を押しのけて荷物カートから自分のバッグを取っているのを目撃したのです。イエスの行動とは正反対です。

御手は必ず届く
少女は16歳で懲役50年の判決を受け、刑務所の独房に収監されました。他の受刑者との接触も許されず、1年近く面会者もありません。刑務所は、教誨師(きょうかいし)の面会を許可しました。少女は、福音を聞いてイエスを受け入れ、洗礼を望みました。教誨師はビンの水で洗礼するつもりでしたが、刑務所の職員が厳戒態勢を敷き、彼女を移動式の洗礼層に誘導しました。神を信じる人々が祈る中、彼女は涙を流しました。
神の憐れみで生き残った人々
チャールズ・ジョーキンは11歳で船乗りになり、船上のパン職人として経験を積み、1912年に、イギリスの豪華客船に雇われました。その船、タイタニック号は、北大西洋で氷山に衝突しました。彼は、乗客を避難誘導し、自らは、垂直に沈む船尾のてっぺんに立ちました。そして奇跡的に救助されました。30年後の第二次世界大戦では、オレゴン号の乗組員になりましたが、この船も海難事故で沈没しました。しかし、彼は再び生還しました。