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愛するために愛される

雑貨屋に「いかに愛するかではなく、いかに愛されるかによって、人の心は決まる」という、確か「オズの魔法使い」のせりふを記した壁掛けがありました。

愛の目

マーク・セーラムを紹介したテレビ番組を見た多くの人が、彼は人の心が読めると言います。ところがセーラム自身は、自分は霊能者ではない、ただ人をよく観察しているだけだと言います。ジェニファー・マルソンのインタビューには、こう答えました。「私たちはほとんど何も見えない世界に住んでいます…その理由は、私たちが周りに注意を払っていないから…私は人が放っているものに敏感なのです」(コロラドスプリング、ガゼット紙)。

素晴らしい!

飛行機が着陸態勢に入ると、客室乗務員が到着案内をしました。今日1,000回目のアナウンスかと思うほど、心の込もっていない疲れた声です。着陸後の段取りを長々と述べてから、その疲れて乾いた一本調子のまま「素晴らしい一日を」と言ってマイクを置きました。その声のトーンと声が発した言葉は、あまりにもかけ離れていました。彼女は「素晴らしい」と言ったのですが、その声から素晴らしさは、みじんも感じられませんでした。

愛することと知ること

ジョナサン・サフラン・フォアの小説で、登場人物のひとりがニューヨークのエンパイア・ステート・ビルを指して、「このビルが大好きだから、このビルのことはわかる」と言っていました。それを読んで、愛と知識は関連していると思いました。何かをすごく好きになるなら、そのすべてを知りたくなります。どこかの町を好きになると、その町のあちらこちらを探索したくなります。誰かを好きになれば、その人のことをもっと知りたくなります。彼(彼女)の好きなものは何か、どういう毎日を過ごしているのか、故郷はどこか、どんな友人がいるのか、何を信じているか…挙げたらきりがありません。しかし、ありのままの自分を見せれば愛してもらえなくなるのではと恐れて、好きな人に自分のことを教えない人もいます。

いつまでですか?

サウル王は9年間、「山で、しゃこを追うように」ダビデを追っていました(Ⅰサム26:20)。ダビデは、「主よ。いつまでですか。あなたは私を永久にお忘れになるのですか。いつまで御顔を私からお隠しになるのですか。…いつまで敵が私の上に、勝ちおごるのでしょう」と祈りました(詩13:1-2)。

身近な場所に神を見る

私の住む場所では、なんとも壮大な神の創造の御業を楽しめます。最近、近所の森をドライブしたのですが、周りの景色は息を飲むほどの美しさでした。輝く青い空を背景に、深紅や黄色のグラデーションが秋の木々を飾っています。そのさまは、まさに芸術でした。

愛がすべて

ある教会の掲示板に目が留まりました。「愛を受け入れなさい。愛を与えなさい。それを、繰り返しなさい。」これは、よい人間関係を築くためのモットーのようにも思えます。

愛って何?

子どもたちに「愛って何?」と尋ねると、素晴らしい答えをしてくれます。7歳のノエルはこう言いました。「お友だちのシャツをほめてあげたら、その子が毎日それを着てくれた。」また、8歳のレベッカは「私のおばあちゃんは足腰が痛くて前かがみになって足の爪を切ることができないの。それで、おじいちゃんがいつも切ってあげるのよ。おじいちゃんは指が関節炎で痛いのだけれど。それが愛よ」と答えました。8歳のジェシカは「本心でないなら『愛している』なんて絶対言ってはダメよ。でも、本当に愛しているなら、いっぱい言わなくちゃ。みんな忘れやすいから」と言いました。

主われを愛す

我が家の老犬は、寒い日には庭を歩き回って陽のあたる場所を見つけます。そして、草の上に足を伸ばして寝そべり、日向ぼっこをします。