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私たちの土台

バイエルン州のネルトリンゲンはちょっと変わった町です。それはリース・クレーターの真ん中にあります。リース・クレーターとは、大昔に巨大隕石が激突してできた大きな丸い窪地です。途方もなく大きな衝撃の影響によって、多くの微小なダイヤモンドと特異に結晶化した岩ができました。13世紀には、このたくさんの斑点のついた石を用いて、聖ゲオルグ教会が建てられました。そこを訪れると、教会の土台や壁に沈殿した美しい水晶を見ることができます。ある意味で、この教会の土台は「天国の土台」だと言えるかもしれません。

主人に従う

近所で開催されたドッグショーで、トレバーという名のコーギーのパフォーマンスを見ました。トレバーは主人の命令に従って、数メートル走るや否やくるっと向きを変えて戻ってきたり、フェンスを飛び越えたり、嗅覚を用いて何かを当てたりしました。トレバーはひとつの競技が終わると主人の足元に戻ってきて、座って次の指示を待ちました。

境界線は引けない

カナダ人宇宙飛行士クリス・ハドフィールドは、国際宇宙ステーションの船長でした。地球から300キロ以上離れたところから地上のスタジオにいる学生たちといっしょに、エド・ロバートソンとの共作のオリジナルソングを歌いました。

歩く広告塔

ピート・ピーターソンが初めてベトナムを訪れたのは、ベトナム戦争のときです。1966年、彼の爆撃機は奇襲攻撃の最中に撃ち落とされ、捕虜となりました。それから30年以上が経ちました。ピーターソンはアメリカ大使として、ベトナムに戻ったのです。ある新聞は彼を「歩く和解の広告塔」と評しました。彼は何年も前に、神によって命を救われたのは、怒りに捕らわれて生きるためではない、と気づいていました。このように考えていたので、残りの人生と自分に与えられた地位を用いてベトナムに貢献しようと、児童安全基準の向上に尽力しました。

トゲの例え話

ジェイ・エリオットの動揺した顔が、今でも目に浮かびます。もう50年ぐらい前のことですが、私は蜂の群れに襲われて、彼の家に飛び込んでいきました。そして、家を突き抜けて裏に出ると、蜂はいなくなっていました。つまり、蜂をジェイの家に残してきました。おやっと思うやいなや、今度はジェイが蜂に追われて出てきました。私は10カ所以上刺されましたが、大事には至りませんでした。とばっちりを受けたジェイは、1~2カ所刺されただけでしたが、アレルギー反応が起こりました。目や喉がひどく腫れ上がり、痛みも伴いました。私の行動によって、友人は多大な痛みを被ったのです。

いのちを与える雨

熱波のあった1891年、「起爆家」として知られていたR.G.ダイレンフォースは、絶対に雨を降らせてやろうとテキサス州ミッドランドに降り立ちました。彼は仲間たちと爆発性の気体で膨らませた巨大な風船を放ったり、大砲を打ち上げたり、大量のダイナマイトを爆破させたりして、地と空を爆音で震わせました。少しだが雨が降ったと言う人も幾人かはいましたが、大多数の人は、ただうるさかっただけだと言いました。爆発は音のインパクトこそありましたが、何の効果もありませんでした。

シンプルさには力がある

アメリカで確定申告をする人たちの中で、税収業務の規則について理解しようと時間をかける人はほとんどいませんが、それにはもっともな理由があります。フォーブス誌によると、アメリカの課税者の分類コードが、2013年には400万を超えたそうです。実際、税法はどんどん複雑になっていて、専門家でさえ、すべての規則を正しく当てはめて処理するのは大変です。その複雑さ加減は、まったくもって厄介です。

聖なる、聖なる、 聖なるかな

楽しい時間は、すぐに過ぎていきます。科学的ではありませんが、体験からそのように思うのです。人生がうまくいっていると、時は早く過ぎていきます。好きなことをしていたり、好きな人といっしょにいたりすると、時を忘れてしまいます。

神の道を探す

英仏海峡トンネルは1994年5月6日に開通しました。技師のアルベール・マチューがこのプロジェクトをナポレオンに提案した1802年から、およそ二世紀を経てついに完成しました。イギリス海峡の真下に約50キロメートルの鉄道用トンネルができたことで、多くの人や車、トラックが、列車に乗ってイギリスとフランスの間を行き来するようになりました。この画期的な新しい道ができるまで、人々は何世紀にもわたって船で海峡を往来していました。