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私たちは変えられる

1年で聖書を!
◆ Ⅰ歴代誌4-6
◆ ヨハネ6:1-21
聖書のみことば Ⅱコリント4:16-5:8

 
私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。―Ⅰヨハネ3:2

若年性アルツハイマー症を患ったトマス・デバッジオは、著書「アルツハイマーと闘う―言葉と記憶がすべり落ちる前に」を記しました。記憶が徐々に失われ、すべきことや場所、周りの人たちのことを完全に忘れていく過程を年代順に記録したのです。

すばらしい足の指

1年で聖書を!
◆ Ⅱ列王記17-18
◆ ヨハネ3:19-36
聖書のみことば Ⅰコリント12:14-26

 
たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
―Ⅰコリント12:15

最近、不可解なスポーツの話を聞きました。こんなことに興じる人がいるとは、何とも不思議だと思います。それは「足の指相撲」です。毎年、イギリスで世界選手権が開催され、各国の人々が集まります。選手たちは素足になって、互いに向き合って地べたに座り、片方の足の親指同士を絡ませます。そして、腕相撲が相手の手を机に押さえつけるように、相手の足を床に押さえつけようとするのです。

来て見てください

1年で聖書を!
◆ Ⅱ列王記10-12
◆ ヨハネ1:29-51
聖書のみことば ヨハネ1:35-46

 
来なさい。そうすればわかります。―ヨハネ1:39

大型スーパーの店員は通常、「電球はどこにありますか?」などと商品を探している客に、口頭の説明ではなく、「どうぞ、こちらです」と案内するように指導されています。質問のある人に対して、このように丁寧に、また、一緒に行って案内するという姿勢は、福音宣教にも応用できるのではないでしょうか。人をキリストに導くとはどういうことか、そのコンセプトを広げることができるかもしれません。

献身的な愛

1年で聖書を!
◆ Ⅱ列王記7-9
◆ ヨハネ1:1-28
聖書のみことば ヨハネ1:9-14

 
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。―ヨハネ1:14

私の両親は、母の晩年のときにも、強い愛の絆とキリストを信じる信仰で結ばれていました。そのとき母は認知症を患っていて、家族を識別することさえできなくなっていました。しかし父は、母の入所している介護施設を定期的に訪れて、衰えていく母を受け入れ、支えていました。

信頼を学ぶ

1年で聖書を!
◆ Ⅱ列王記4-6
◆ ルカ24:36-53
聖書のみことば イザヤ書66:7-13

 
主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。―詩篇37:3

コマドリのヒナの写真を撮ろうとして茂みにカメラを置くと、ヒナは目を開けずに口を開けました。枝が動くときはいつも、母鳥が来て餌がもらえます。それで、今、ガサガサと茂みで音を立てているのが何なのか、彼らは目を開けて見ようともしませんでした。

平和と和解

1年で聖書を!
◆ Ⅱ列王記1-3
◆ ルカ24:1-35
聖書のみことば マタイ18:21-35

 
私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。―マタイ18:33

アメリカ合衆国では、1865年に南北戦争が終結しました。この戦争で50万人以上の兵士が犠牲になり、経済は壊滅的な打撃を受けました。そして国民は未だ、政治的に分裂したままでした。母の日を祝う慣習は、この苦難の時期に、平和と和解のために尽力したふたりの女性によって広がりました。1870年、ジュリア・ウォード・ハウは、女性が団結してあらゆる戦争に反対する「国際母の日」を提唱しました。数年後、アンナ・リーヴズ・ジャービスは、戦争によって疎遠になった家族や隣人を再びひとつにするために、年に一度、「母によるフレンドシップの日」を始めました。家族や友人の関係にひびが入り、互いに赦し合うことができないなら、そこには常に大きな苦しみが伴います。

祈るとき?

1年で聖書を!
◆ Ⅰ列王記19-20
◆ ルカ23:1-25

 
主よ。急いで私を助けてください。―詩篇70:1

幼い頃のことです。ある朝、台所の椅子に座って、母が朝食を作っているのを見ていました。すると、コンロの火がフライパンのベーコンの油に引火して、炎が立ち上りました。母は小麦粉を投げ込んで火を消そうと戸棚の方へ走りました。

~なさい

1年で聖書を!
◆ Ⅰ列王記16-18
◆ ルカ22:47-71
聖書のみことば ヤコブ4:7-10

 
神に従いなさい。―ヤコブ4:7

アメリカの広告史上、最も効果的な宣伝文句のひとつは、カリフォルニアの牛乳生産組合の「ミルク飲んだ?」という簡単な質問です。彼らは、ほとんどの人の注意をこの質問で引きつけました。市場調査をしたところ、アンケートに答えた人の90%以上が、この宣伝文句を知っていたそうです。

時間を止められたなら

1年で聖書を!
◆ Ⅰ列王記10-11
◆ ルカ21:20-38
聖書のみことば Ⅰ列王記10:23-11:4

 
主の栄光が主の宮に満ちたからである。―Ⅰ列王記8:11

毎年5月が巡ってくると、うれしくて時計を止めたくなります。弱々しい新芽が、硬い土や冷たい枝に押しとどめられることなく芽吹いて、「死」が打ち破られていくのを見るからです。私の住むミシガン州に春がやってきました。たった半月の間に冬枯れの風景が、香りと彩り豊かな花に飾られた木立に生まれ変わります。春の景色や音、そして香りに飽きることはありません。時間が止まってほしいとさえ思います。