Category  |  キリストのように生きる

愛の言語

宣教師としてメキシコに来た祖母は、スペイン語の修得に苦労しました。あるとき、市場で自分の買い物リストを見せ、「二つの言語で書かれています」と言いました。ところが、それを聞いた肉屋さんが、彼女は牛タンを二枚買いたいのだと勘違いしました。英語の「舌」には、「言語」という意味があるからです。家に帰って包みを開くとタンが出てきました。それを料理したことがないので、祖母は途方にくれたそうです。

心を強くする

長年通っていた近所のジムが、先月閉まってしまい、別のところに通い始めました。前いたところは温かい雰囲気で、おしゃべりをしながらトレーニングをする人が多かったので、汗をかくことが無いくらいでした。しかし、今度のジムは、真剣に身体を鍛えようとしている人ばかりです。激しいトレーニングと緊張感…。彼らの身体は確かに屈強です。しかし、心の方はどうでしょう。恵みで強められているでしょうか。

山びこ

レベッカが講演を始めると、マイクを通した言葉が山びこのように反響しました。彼女は自分の言葉が逐一跳ね返って来たり、音響システムを調節しながら話さなければならなかったりして少しイライラしましたが、気にしないようにして乗り切りました。

光を解き放つ

ある少女は「聖人」とはどのような人だろうと考えていましたが、ある日、母親と一緒に荘厳な大聖堂に行きました。そして、数々の聖書の場面を描いた美しく豪華なステンドグラスを見てこう言ったのです。「分かったわ。聖人とは光を解き放つ人たちね。」

キリストの香り

あなたの記憶は、五感のうちのどれによって最も呼び覚まされるでしょう。私の場合は嗅覚です。あるサンオイルの匂いは、フランスの海岸を思い出させます。にわとりのえさの匂いは、子どもの頃の祖母の家を思い出させます。松の香りはクリスマスを、あるローションは息子が十代の頃を思い出します。

蜜のようなみことば

エジプトのツタンカーメン王の墓所が1922年に発掘された時、墓の中には、たくさんの物品が詰まっていました。古代エジプト人が死後の世界で必要だと考えていた物で、金の神棚や宝石、衣装、家具、武器のほか、蜂蜜の壷もありました。その蜜は、3,200年を経てもなお、食べることができたのです。

日光が必要

分かっていたのに、あきらめきれませんでした。ラベルには、日光を好むとはっきり書いてあります。我が家の庭は日陰なので、この木には適しません。けれども、その色や葉の形、それに香りが気に入ったのです。それで、家に持ち帰って庭に植え、大切に世話をしました。けれども、その木は元気なくしおれています。その木には陽の光が必要なのですが、私には、それをあげることができません。十分に世話をすることで日照不足を補えるかもしれないと思いましたが、だめでした。結局、必要なものは、必要なのです。

アビガイルの嘆願

ダビデは、協力を拒否して無礼を働いたナバルを探し出すため、部下400人とともに出陣しました。途中でナバルの妻アビガイルに会わなかったら、ナバルを殺していたでしょう。アビガイルは惨事を食い止めようと、ダビデの兵士を養うに十分な食料を携えて、彼に会いに出かけました。そして、復讐を実行したなら罪悪感に悩まされるだけだと、礼を尽くして説得しました(Ⅰサム25:31)。ダビデは、彼女が正しいと納得して、その良い判断をほめました。

敬意を保って

紀元前500年代の終わりごろのことです。イスラエルの民は、紀元前586年にバビロンに破壊された、神殿を修復しようとしていました。ところが当時、その地方の総督だった人は、神殿の再建が許可されているかどうか分からなかったので、ダリヨス王に手紙を書きました(エズ5:6-17)。彼は、ユダの人たちが神の宮の工事を進めていることを報告し、これは許可された工事なのでしょうかと王に尋ねました。