戦いは神のもの
キャロルは、教会を拠点に近隣の高齢者の方々を支援することに喜びを感じていました。しかし、支配的なリーダーにあれこれ批判され、心身に不調をきたし、その働きを辞めるように、カウンセラーに助言されました。けれども、お年寄りを「見捨てる」ようで嫌でした。それで、神に対処法を尋ねました。神は、彼女を認め、慰めてくださり、圧力に対する恐れを主に委ねるように、そして、そのリーダーに対して黙っていてはいけない、ただし問題の解決は、主に委ねること、と示されました。
鎖を解かれて
ブルガリアのライフセーバー、ヤネ・ペトコフは、両手両足を縛られて泳いだ距離の世界記録を3380mに更新しました。そのうえ、己にさらに厳しい条件を課し、袋に入った状態で泳ぎました。
信仰によって歩む
夜の祈祷(きとう)会に参加しようと、その女性は教会堂へ続く階段を、一段一段、極めて慎重に登っていました。痛みと息切れで、立ち止まった時、一人の男性が通りかかり言いました。「一歩ずつですよ。そうすれば必ず着きます。急がずゆっくりいきましょう」。彼女は力をもらったかもしれません。そして、この女性に向けられたその言葉は、疲れた心で歩いていた私のことも、確かに励ましてくれました。
神を避けどころとする
野外コンサートが始まるや、頬に雨粒を感じました。見上げると不穏な黒い雲が見えます。大枚をはたいて買ったチケットだったので、少々の悪天候でも会場を後にしたくはありません。あちこちで傘が開かれ、ポリ袋を頭にかぶる人もいました。そして大きな雷鳴がとどろくと、パフォーマーはマイクを握り、観客に退避を促す騒ぎになりました。
緑のペストリーと神の臨在
孫が泊まった夜のことです。彼の聖書の詩編23編にしおりが挟まれていたので、読もうと言うと、前に読んだ箇所だと言います。新しい発見があるかもしれないよ、と言うと、彼は読み出しました。「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを緑のペストリーに休ませ……」私はすぐに、パイやタルトのお菓子じゃないよ、「パスチャー」、牧場だよ、と説明しました。実は日中、おやつのペストリーを買ったのです。ベーカリーは楽しい休息の場所、というのが、彼の解釈のようでした。
神を待つ
幼い頃、道路の脇のカラフルな看板を見てワクワクしました。目的地である人気の遊園地に、到着したと思ったのです。私は意気揚々と車を降りる準備を始めましたが、その後、同じ看板が何度も現れ、まだ着かないと分かってがっかりしました。やがて、その看板は、まだ先だが近づいてはいる、と知らせているのだと気付きました。
深い根
造園家のダグラス・ケントは、2025年の森林火事の被災地であるロサンゼルス近郊を視察し、驚きの光景を目にしました。それは、生命力に満ちた緑の木々です。溶けた車や焼け落ちた建物のすぐ隣に、です。多くの木が、青々と葉を広げ、実を豊かに付け、幹も枝もしっかりしていました。なぜでしょう。
立派な信仰
友人J.D.はアフリカの国々で驚くような光景を見ました。彼のザンビア東部からのメールには、女性たちが3年間の伝道計画を発表している写真がありました。「これほど熱意のこもった戦略計画のプレゼンは初めてです。ホワイトボードの代わりに地面に絵を描き、体裁の整った配布物の代わりに、くしゃくしゃの大きな紙を2人が掲げ、説明していました。本当に驚いた!」
神の臨在を想起する
カリフォルニア州のジョシュアツリー国立公園にハイキングに行きました。ジョシュアツリーは独特で、剣状のとがった葉が枝に放射状についており、その枝は天に向かって腕を伸ばしたかのような形状をしています。ヨシュアが、天に向かって投げ槍を高く掲げ、神の臨在と助けを証ししたという旧約聖書の史実(ヨシ8:18-19)にちなんで、開拓者たちがその名を付けたと信じられています。