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不格好な英雄たち

アメリカで英雄とされてきた西部のガンマン、ワイアット・アープとドク・ホリデイは、実は無気力な怠け者だったという本が最近出版されました。著者はインタビューで、実際のアープは「生涯、大したことは何もしなかった」と語りました。彼らは小説や映画で英雄とされてきましたが、歴史の資料を見ていくとそうではなかったのです。

つまらない作業の目的

大英博物館に、小さな金属の玉を転がして時を刻む時計があります。この玉は、傾いた鉄製の板に削られた溝を進み、反対側にあるレバーに当たります。すると、傾斜が逆になって玉を戻しますが、そのとき、時計の針を先に進めます。この金属の玉は、毎年、4千キロメートルを移動しますが、ゴールはありません。同じところで、同じことを繰り返します。これを見て、はっとしました。無目的に同じことを繰り返す行為が生気を奪っていくと、すごくよく分かったのです。

本当の隣人

メアリーは、週の半ばに行われる教会の集会を楽しみにしています。いっしょに祈り、礼拝し、前の日曜日の礼拝説教について話し合います。その日は、このつらい世の中で「教会に行くこと」と「教会であること」の違いについて話し合う予定でした。彼女は、友だちと活発な意見交換ができることを楽しみにしていました。

神の栄光を描く

李唐は12世紀の中国の芸術家で、人や鳥、水牛などがいる風景を生き生きと描きました。絹の上に繊細なタッチで描かれた作品は、彼が中国の山水画の第一人者であり、天才だということを明らかにしています。一方で聖書は、「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる」と語ります(詩19:1)。世界中の芸術家は、太古の昔から、創造主である神の作品が展示された自然を見て、それを描いてきたのです。聖書は神がご自分のかたちに人を創ったと述べていますから(創1:27)、人間の創造性はそのことに起因します。

包囲網の中でも

ボスニア紛争(1992-1996)のとき、周囲の丘から雨のように降り注ぐ銃弾と迫撃砲によって、サラエボ市内で兵士や民間人が1万人以上殺されました。スティーヴン・ギャロウエイの小説「サラエボのチェリスト」は、現代の戦争で最も長期間、包囲された首都サラエボを舞台に物語が展開します。3人の登場人物は、この極限の逆境の中で、何とかして自分だけが生き残ろうとするか、あるいは、正気でいられないような状況を克服して他者のことを思いやるか、という決断をしなければならなくなっていきます。

ジェス、パンを焼く

母親が仕事に行く支度を始めたので、4歳の娘ジェスもまた「仕事」に取りかかりました。買ったばかりのコンベヤー式トースターから、食パンがぐるっと回りながらトーストされて出てくる様はジェスをとりこにしました。数分後、テーブルには1斤半分のトーストと、「上手に焼けたでしょう!」と得意げに叫ぶ少女の姿がありました。

好奇心旺盛な女の子が食パンをトーストに変えるのは奇跡ではありませんが、イエスが男の子の5つのパンと2匹の魚を数千人分の食事に変えられたから大変です。丘の中腹にいた群集は、これは奇跡だと騒いでイエスを王にしようとしました(ヨハ6:1-15)。

神の国は当然、この世のものではないので(ヨハ18:36)、イエスはその場を立ち去られました。そして翌日、群集に見つけられると、彼らの不純な動機を指摘して「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです」と言われました(6:26)。彼らは、王なるイエスが自分たちの腹を満たし、ローマから自由にしてくれると勘違いしていました。一方、イエスは、 「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい」と助言されました(27節)。

世俗の考えに縛られていると、イエスを自分の目的を果たす手段のひとつにしてしまいます。しかし、実はイエスは、いのちのパンそのものです。

静かな働き者

細菌に感染すると、1940年代以前ならば、死に至ることさえありました。しかし、ペニシリンの発見は医療を飛躍的に前進させました。ペニシリンは有害な細菌を滅ぼし、数えきれない人命を救いました。ペニシリンの可能性に着目し実用化に貢献した人たちは、1945年にノーベル賞を受賞しました。

アインシュタインとイエス

アインシュタインといえば、ボサボサの髪、大きな目、機知に富んだ不思議な魅力を思い浮かべますが、それだけではありません。この人は、言うまでもなく、従来の世界観を転換させた天才物理学者です。有名な公式、E=mc2は科学に革命を起こし、核の時代をもたらしました。彼は「特殊相対性理論」で、宇宙の万物は運動しているので、あらゆる認識は観点によって変わると論じました。また、光速だけが、空間と時間、質量の尺度となりうる唯一の定数だと考えました。

またか!

携帯電話にメールが来たので読んでいると、頭に血が上り、腹わたが煮えくり返りそうでした。もう少しでとげのある返信をするところでしたが、ふと、「冷静になって、返信は明日にしなさい」という内なる声が聞こえました。一晩ぐっすりと眠り、翌朝になってみると、あんなにも腹立たしかったことが、大した問題でないように思われました。私が過剰に反応したのは、自分の都合より相手の都合を優先させる気になれなかったからです。人を助けるために、自分が不便な思いをしたくはありませんでした。