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あがなわれている

アンは、どこででも、誰とでも楽しく会話のできる人で、イエスのことも普通に話します。入院中の夫を見舞いに行ったとき、夫の世話をしている看護助手の青年に話しかけました。その青年に将来、何になりたいのかと尋ねると、よく分からないと言います。そこで彼女は言いました。神がそういう決断を助けてくれるのだから、まずは神を知ることが大切だと。すると彼はシャツの袖をまくり、「私は贖われている」と入れ墨した腕を見せたのでした。

良くなる?​ 悪くなる?

毎年、年が明けると、経済、政治、気象などの専門家が、それぞれの分野について今年の見通しを発表します。紛争か和平か、不況か好況か、発展か停滞か…。世界中の誰もが今年こそはよい年であって欲しいと願いますが、何が起こるかは分かりません。しかし、確かなこともあります。私たちの教会にゲストスピーカーが来られたのですが、この人は、世界情勢は良くなるか悪くなるかと問うならば、「その両方だ」と言いました。確かに、そのとおりです。

瀬戸際で

幼い娘は、不安気な表情でプール際に立っていました。まだ泳いだことがなく、水に慣れる練習を始めるところでした。インストラクターが水の中から腕を伸ばして彼女を待っています。それでも娘はためらい、その目には疑問がうかがえました。「ちゃんとつかまえてくれる?」「頭が水の中に入ったら、どうなるの?」

遅延は 拒絶ではない

ふたりの息子、アンガスとデービッドの誕生日はどちらも12月です。ふたりは幼い頃に学んだことがあります。アンガスは、12月初めの誕生日に欲しかったおもちゃをもらえなくてもクリスマスにもらえるかもしれないと思い、デービッドは、クリスマスにお目当てのものがもらえないときは、4日後の誕生日にもらえると期待していました。遅延は拒絶ではないのです。

イエスは まだここに?

コロラド州で2013年6月に起こったブラック・フォレストの山火事で、500戸以上の家が焼失しましたが、テッド・ロバートソンの家もそのうちの一軒でした。避難指示が解除され焼け跡に戻ると、テッドは灰や瓦礫をかき分けて、家族の大切なあるものを探しました。それは切手ほどの大きさの赤子のイエスの陶器人形で、妻の手作りでした。黒焦げの瓦礫をかき分けながら、「赤子のイエスは、まだここにいらっしゃるだろうか」と考えていました。

エジプトを 脱して

祖母の家に行こうと、オハイオ州を横断する旅をしていたときのことです。州の中央に位置するコロンバスに到着したとき、竜巻警報が発令されました。子どもたちに危険が及ぶかもしれないと不安になり、それまでの楽しい雰囲気は一変しました。

近所付き合い

ご近所がざわめいていました。アメリカンフットボールの有名選手が、我が家の二軒先に越して来たのです。テレビで観たり、新聞のコメントを読んだりはしていましたが、まさか、そんな有名人がこのあたりを選んで住むとは思ってもいません。私たちみんなは最初、彼を喜んで隣人として迎え入れ、良い友だちになろうと張り切っていました。しかし、彼の生活は、近所付き合いをするにはあまりにも忙しすぎたようでした。

馬小屋の におい

救い主が誕生された場所が馬小屋だとは、何ということでしょう。イエスが人間として最初に味わった体験は、動物小屋の臭さと騒音でした。飼葉おけに寝かされていたイエスも他の赤ちゃんと同じように、周りから聞こえる動物の鳴き声や知らない人の声に驚いて、泣いたかもしれません。もしそうなら、イエスが生涯に流された多くの涙は、ここから始まったのです。

永続する平和

第一次世界大戦中、1914年のクリスマスイヴのことです。約50キロにわたる西部戦線で銃声がやみました。塹壕(ざんごう)の上から覗き見ると、自分の陣地を修繕したり、死者を埋葬しようと、姿を現した兵士たちがいました。夜の闇が落ちると、ドイツ軍の中には、ランプを灯してクリスマスの賛美歌を歌う連隊が表れました。すると、敵である英国の兵士たちは拍手し、大きな声でクリスマスの挨拶をしました。