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ぬくぬくと 安心

子どもの頃、私はテキサス州ダンカンヴィルの西に、家族といっしょに住んでいました。私たちの家は父が自ら建てた家で、小さなダイニングキッチンと、寝室が2部屋、そして広い居間がありました。居間には長さが60センチもの薪をくべられる石造りの暖炉があって、その暖炉は我が家を暖めてくれました。

蛇が入った ケース

自然博物館で、赤いほっぺをしたよちよち歩きの子どもが、ガラスケースをパンパンと叩いていました。その中には「ビリー」という名前のいかつい蛇がいて、その小さな女の子をぎょろりと見ながら、ゆっくり動いていました。ビリーの身体は私の腕ぐらいの太さで、茶色と黄色の毒々しい模様でおおわれています。ビリーがケースから出られないのは分かっていますが、怖そうなへびが幼い子の近くにいるのですから、私はぞっとしてしまいました。

心臓の不思議

私たちの心臓は、毎日約10万回拍動して身体の隅々まで血液を送ります。これを一年に換算すると3千500万回、平均寿命では28億回拍動することになります。医療科学によると、心臓が一回収縮する時の力は、手のひらにテニスボールを置いてぎゅっと思い切り握る程度の力だそうです。

人生は教本

ニューイングランド初等教本は1600年代の終わりに発行され、英国植民地時代のアメリカ各地で広く使われた教科書です。この教科書の大部分は聖書に基づいて作られています。聖書の物語の図画、韻を踏んだ遊び歌などを通して、子どもたちに読み書きを教えました。そこにはまた、次のような祈りもありました。「私は今、眠りにつきます。どうか主よ、私のたましいをお守りください。目覚める前に死んでしまうのなら、主よ、祈ります。どうぞ、私のたましいを取ってください。」

石が叫ぶ

毎年、クリスマスはどんどん商業化されていくようです。キリスト教国と言われる国でさえ、この季節は、神を礼拝するよりショッピングにいそしむ季節になっています。趣向を凝らしたクリスマス行事を企画し、プレゼントの買い物に奔走するというプレッシャーは、クリスマスの本当の意味、つまり神のひとり子、この世の救い主であるイエスが誕生されたことを思い巡らすのを難しくします。

ジョニーの レース

ジョニー・エイガーは19歳のときに5キロマラソンを完走しました。支えてくれた大勢の家族や友人は、それを喜び、祝ってくれました。

前より良い

私の子どもたちは赤ん坊の頃、ほぼ完璧な肌をしていました。かさかさした肘や膝の角質もなく柔らかくなめらかで、年齢相応の傷やたこなどの跡が残る私の肌とは大違いです。

名前で 呼ばれる

学校の新年度が始まったとき、私の町に、全校生徒600人の名前を覚えると約束した校長先生がいました。そんなことが本当にできるのかと疑問に思うなら、彼女の実績を見てください。前年は700人の生徒の名前を覚えました。その前の年は別の学校にいましたが、400人の子どもたちの名前を覚えました。校長先生に名前を覚えてもらい、名前で挨拶してもらえるなら、生徒たちはどんなに嬉しいでしょう。

どちらの側に つく

アメリカの南北戦争が大詰めを迎えようとしていたとき、リンカーン大統領の側近のひとりが、神が北軍に味方してくださったので感謝していると言いました。しかし、リンカーンは、次のように応じました。「私の関心は、神が我々の側につくか否かではありません。最大の問題は、私たちが神の側にいるかどうかです。神は常に正しいのですから。」