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野のゆりを見なさい

私は自然を楽しんで創造主をあがめるのが好きですが、やりすぎかしらと思って不覚にも罪の意識を感じてしまうことがあります。そんなとき、イエスは自然を例に引いて、人々を教えられたと思い出します。心配しないようにと励ますときは、小さな野の花を例にとって、「野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい」とおっしゃいました。花は労働をしませんが、神は美しく装ってくださいます。こんなにはかないものですら華やかに飾ってくださるのですから、私たちにはさらに良くしてくださらないわけがない、と結論づけられました(マタ6:28-34)。

愛の力

指導力について書かれた本がベストセラー入りをすることはよくありますが、そのほとんどは、どうすれば強い影響力を持った指導者になれるかという指南書です。しかし、ヘンリ・ナーウェンは「イエスの御名で ~ 聖書的リーダーシップを求めて」で、指導力について違う視点で書いています。著者は元大学教授ですが、成人の発達障害者施設で数年間働いていました。そしてこう書いています。「問われるべきは、どれだけの人間があなたに耳を傾けるか、どれだけのことを達成できるか、結果を出せるかではありません。あなたはイエスを心から愛しているか、なのです。…孤独と絶望に満ちた世の中で、神の心を分かっている人が本当に求められています。神の心とは、赦したり、心配したりする心です。手を差し伸べ、癒しを求める心です。」

空城の計

中国の歴史小説『三国志演義』の中には、敵の心理を突いた「空城の計」が描かれています。魏国の15万におよぶ軍勢が、2500人の兵士しかいない西城に到達したとき、城壁の門は大きく開かれていました。そして有名な戦術師である諸葛孔明と二人の子どもたちは、静かに琴を弾いていました。魏の将軍はその光景に困惑し、伏兵がいるのだと判断して完全撤退を命じます。

無限の愛

子どもの頃、新聖歌31番がよく歌われていました。「大空紙とし、海原墨とし、木の枝筆とし、世人を集めて、主の愛記さば、紙も足らじ。」

ボルトとブレーク

ジャマイカのウサイン・ボルトとヨハン・ブレークは、2012年、ロンドン・オリンピックの100メートル、200メートル走でともに金・銀メダルを取り、歴史に名を残しました。トラック上ではライバルであっても、ボルトはトレーニングパートナーであったブレークをたたえて「何年もの間、ヨハンと切磋琢磨してきました。彼のおかげで、気を抜くことなく、全力で練習できました」と語りました。この言葉から、ふたりがトラックの上で成功できるよう、互いに刺激しあってきたことがわかります。

山上で語る

ある全国紙が、コロラド州のスキー場で毎週キリストを礼拝している十代のスノーボード愛好家の記事を掲載しているのを見て、とても驚きました。『サミット・デイリー・ニュース』紙のキンバリー・ニコレッティ記者は、このティーンエージャーたちの話を伝えて、多くの人の心をつかみました。彼らはスノーボードが大好きです。また、イエスがどのように自分たちの人生を変えてくれたかについて話すのも大好きでした。その陰には、彼らを応援し、どのように神の愛を表せばよいかを教えるユースの伝道団体の存在がありました。

陥落穴をおおう

中央アメリカを2010年5月下旬に襲った熱帯性暴風雨は「アガサ」と名づけられましたが、その豪雨は各地で大きな土砂崩れを引き起こしました。グアテマラシティの中心部には、深さ60メートルの陥落穴が口を開けました。突然地面が崩壊し、土砂とともに電柱や三階建てのビルを地の底に吸い込んでしまいました。

終わりの時に

多くの人は歴史上最悪の紛争のひとつに、第一次世界大戦を挙げます。これは多くの国を巻き込んだ近代兵器による初めての戦争で、数千万の人命が失われました。そして1918年11月11日午前11時(注:英語では、11番目の時という表現に、終わりの時という意味がある)に休戦協定が成立しました。この瞬間、世界の各地では多くの人々が黙祷をささげ、戦没者に哀悼をささげ、戦争がもたらした非常な苦しみに涙したのです。そして、この大戦が名目どおり、「諸戦争を終わらせる戦争」になることを心から願いました。

助手大募集

助手という言葉には、一人前ではないというイメージがあります。確かに、電気工や配管工などは、熟練工の助手をしながら見習い修行をします。新人弁護士は、ベテランの助手をしながら経験を積みます。この人たちは、その職業においてそれほど腕が良いわけではないので、見くびられているのかもしれません。しかし、仕事を完成させるためには、彼らの働きも必要です。