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しっかり立つ

交通量の多い交差点を曲がって登坂に入ろうとしたところ、救急車の姿が坂の上に見えました。こちらに向かって急接近してきます。後続車がクラクションを鳴らして進むよう催促しましたが、救急車が止まるとは思いません。不用意に曲がれば事故を起こすかもしれないので、私はブレーキを踏んだままじっとしていました。

これを霊的に関連づけるなら、他人からのプレッシャーに負けず、しっかり動かずに神だけを信頼しなければならないということです。ソロモン王は、このことに失敗しました。彼は王になったとき、国を治めるために神の知恵を求めました(Ⅰ列3:9)。新しく建てた神殿を献堂したときの祈りは、彼の忠実さをあらわしています(8:23、61)。しかし、彼は道をそれてしまいました。異教の神を礼拝する外国の女性たちと結婚し、彼女たちに影響されて偽りの神々を拝んだのです。聖書は、ソロモンは「主に従い通さなかった」と記しています(Ⅰ列11:1-6、ネヘ13:26)。

今日も、古代の社会と変わりません。私たちは、周りの人たちの影響によって、自分の忠誠心を神と神の真理から別のものに移すように促されるかもしれません。しかし、神に助けていただいて、いのちのことばをしっかり握ることができます(ピリ2:16)。危険な交差点に入りなさいというプレッシャーがあるなら、神のみことばである聖書を学びましょう。神の武具をとり(エペ6:10-18)、聖霊に助けていただきましょう(Ⅰコリ2:10-12)。そして、キリストに従う仲間たちと一緒にしっかりと立ちましょう。

タイタニックⅡ号

マーク・ウィルキンソンは、釣りやクルーズをするために約4.9メートルの船を購入しました。彼が迷信深い人でないことは明らかです。なぜなら、1912年、氷山に衝突して沈没した悲劇の豪華客船にちなんで、自分の船をタイタニックⅡ号と命名したからです。タイタニックⅡ号の処女航海は英国のドーセット港を出発し、順調でした。しかし、帰路で浸水トラブルに見舞われます。ウィルキンソンは欄干にしがみつき、救出を待ちました。ウィルキンソンはこう話しました。「とんだ恥をかいてしまったよ。たくさんの人に『氷山にぶつかったの?』と聞かれるので、もうウンザリだ。」トラブルの様子を目撃した人も、「そんなに大きな船ではありませんでした。冷蔵庫の氷にぶつかっても、沈没したかもしれません」と話したそうです。

タイタニックⅡ号の話は気の毒ですが、本物のタイタニック号に関しては、過度の信用の恐ろしさを教えています。タイタニック号の建造者は、この船は絶対に沈まないと自信を持っていました。それは、まったくもって間違いでした。エレミヤは私たちに語ります。「人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ」(エレ17:5)。

私たちは皆、誰かや何かに頼って安心を求めようとしがちです。私たちは何度教えられなければならないのでしょう。偽りの確信を捨てて神に頼らなくてはならないのです。さて、あなたは神以外の何かを頼っていませんか。

あの人でさえ

家系図をたどっていくと、先祖には娼婦がいて、その人は国家の敵をかくまった上に役人の尋問を嘘でかわしていたということが分かった、と想像してみてください。あなたならどうでしょう。恥ずかしいご先祖さまとして秘密にしますか。それとも、一族の伝説のヒロインとしてスポットライトを当てて賞賛するでしょうか。

ラハブを見てみましょう。もし彼女がヨシュア記2章にしか登場しないなら、私たちは彼女を聖書に登場する他の裏切り者と一緒くたにして、悪者のひとりにしてしまうかもしれません。ところが、彼女の物語はここで終わっていません。マタイ1章5-6節には、彼女がダビデ王の高祖母であることが示されています。つまりラハブは、救い主イエスの家系に連なっています。さらにヘブル11章31節は、ラハブを信仰の人と語り、エリコの陥落(ヨシュア記6:17参照)によって滅びなかったのは、その信仰によるのだと記しています。ヤコブの手紙2章25節は、彼女がイスラエルのスパイを救出したのは立派な信仰の証だと語ります。

神の愛にはびっくりさせられます。神は、評判の悪い人に目を留めて、その人の人生を変えられます。変えられた人生をとおして、神の愛と赦しを明らかに示されます。自分は悪すぎるので赦されないと思っていますか。または、そのように思っている人を知っているなら、ラハブについて読んでください。そして喜んでください。神はラハブでさえ正義のかがり火に変えてくださいました。そういうことならば、私たちにも希望があるはずです。

未使用のギア

初めて乗った自転車には、ギアはひとつだけでした。スピードが速くても遅くても、登り坂でも下りでも、同じギアだけです。次の自転車には、3つのギアがありました。平坦な道、上り坂、そして下り坂用です。3台目の自転車には10個のギアがついているので、いろいろな選択をすることができます。しかし、いくつもギアがあるからといって、全部のギアを毎回使うわけではありません。スタート時や上り坂に最適なギアがあり、加速したいときに使うギアがあり、ゆっくり走りたいときに使うギアもあります。ですから、ギアに関して言えることはこうです。すべてのギアが常に使用中なのではありません。あるギアは、今はいりません。しかし、今は不要だからといって、今後も不要だとは言えません。

私たちの霊の賜物や、奉仕に用いる技術についても同じことが言えます。以前は〇〇の賜物を用いてうまく仕えていたのに…と思うようなとき、自分はもう役に立たなくなったとか、ありがたいと思ってもらえない、などと考えてはいけません。今、使っている「ギア」を神に感謝しましょう。ひとつの賜物が今は必要とされていないからといって、それがずっと不要だとは限りません。

状況やニーズには常に変化が伴い、予測不能です。また、必要とされる霊の賜物はその折々に違ってきます。使徒パウロはテトスに「いつでも良いわざをする用意が」あるようにと勧めました(テト3:1  口語訳)。私たちも、そのようにしていましょう。

起点

1年で聖書を!
◆ アモス書7-9
聖書のみことば 詩篇119:97-104

「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」―マタイ4:4

私たちの住むアイダホ州ボイジーの南部を車で走ると、東側の雑草地の向こうに火山性のビュート(山頂が平らで周りは絶壁の孤立した山)がそびえ立っているのが見えます。あのビュートを起点として、アイダホ州の区画が測量されました。

タクシーの中の真理

1年で聖書を!
◆ アモス書4-6
聖書のみことば ヨハネ14:1-11

わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。―ヨハネ14:6

シカゴのダウンタウンで、タクシーを止めて乗り込みました。すると車中にニュー・エイジのグルの写真がいくつも貼ってあります。運転手は、この神秘的な人が現代の「神」に違いないと言いました。神は、その時代ごとにふさわしいリーダーを指名してこられ、イエスは単にあの時代に任命されたリーダーでしかないというのが彼の主張でした。

いつかは不明

1年で聖書を!
◆ アモス書1-3
聖書のみことば マタイ24:1-8

その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。―マタイ24:36

多くのロンドン市民は、1666年がイエスの再来の年だと思っていました。予言に凝る人たちは、キリスト誕生後1000年に反キリストの数字の666を足して1666という数字を導き出しました。1665年には10万人のロンドン市民の生命が伝染病で奪われ、世も末だと思われました。

地の果てまで

1年で聖書を!
◆ ヨエル書1-3
聖書のみことば 使徒1:1-8

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。―使徒1:8

モスクワ聖書学院に招かれ、ロシア人の牧師たちに授業をした最初の日のことです。私はそれぞれの名前とどこから来たのかを尋ねました。すると、ひとりの生徒があまりにも大胆な宣言をしました。彼は、「すべての牧師たちの中で、私こそが最も大宣教命令に忠実な牧師です」と言ったのです。

その瞬間をとらえる

1年で聖書を!
◆ ホセア書11-14
聖書のみことば エペソ5:8-21

賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。―エペソ5:15-16

妻のマーティは買い物上手です。食料雑貨を買うときには表示ラベルを読んで、中身をよく確かめて買います。しかし、それ以上に大切なことは、消費期限を確認することです。消費期限を過ぎたものは食べることができないので、安いからといって無駄な買い物はしません。