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苦しみの中の希望

聖書を開いてエレミヤ書の1章から4章を読もうとすると、そこに「涙の中にある希望」と副題がつけられていてドキッとしました。まさに時宜を得ていて、涙がこぼれそうになりました。私は母を亡くしたばかりで、悲しみのただ中にいたのです

太陽の暖かさ

アメリカで1961年に結成されたロックバンド「ビーチボーイズ」のメンバー、ブライアン・ウィルソンとマイク・ラブは、1963年11月のある日、アップビートで典型的な「ビーチボーイズ」の曲とは全く違った雰囲気の曲を作りました。それは、失ってしまった愛を悼む曲でした。後日、マイクは次のように語りました。「あのような喪失はとても辛いけれど、良いこともあります。それは、愛したという経験が、まずあったということです。」彼らはその曲に「太陽の暖かさ」という題をつけました。

敵を打ち負かす

吠えたけるライオンは、昔から「百獣の王」と言われてきましたが、私たちが目にするライオンは、動物園の檻(おり)の中で無気力に寝そべるネコ科の動物です。このライオンは、食事も上げ膳据え膳なので、一日中何もしません。

悲嘆と希望

アメリカのカントリー歌手、ジョージ・ジョーンズが81歳で亡くなったとき、ファンは彼の素晴らしい歌声や波乱に満ちた人生に思いを馳せました。その曲の大半には、ジョーンズ自身の切なさやあこがれが映し出されていましたが、それ以上に人を感動させたのは、彼の歌い方でした。シカゴ・トリビューン紙の音楽批評家グレッグ・コットは、「ジョーンズの歌声は、心の痛みを伝えるために造られた」と語りました。

印象か真実か

どう見えたかが事実そのものだ、という考え方があります。アメリカ人がそのように考えるようになったのは、1960年9月26日からかもしれないと言われます。その日、大統領候補のテレビ討論が初めて行われました。カメラに映ったジョン・ケネディは落ち着いていましたが、リチャード・ニクソンはピリピリしているように見えました。ケネディ氏のほうが強いリーダーのように見えたのです。その討論番組は選挙の行方を決定づけただけでなく、アメリカ合衆国の政治手法を変えました。見た目の印象が非常に重視される時代が到来したのです。

神は気にかけてくださるか

レイシー夫妻は大きな問題を突き付けられ悩んでいました。「イエスだけで十分なのだろうか。イエスとの絆だけでやっていけるのだろうか。神は私たちのことを思ってくださっているのだろうか。前向きに生きていこうとするに十分なお方なのだろうか。」

つきまとわれる

暗い廊下の角を曲がって階段を上ったとき、壁に映った影を見てハッとしました。誰かが後をつけています。私はその場に立ちすくみました。2、3日すると、同じことがまた起こりました。お気に入りのコーヒーショップを出て、店の裏側にまわったときです。大きな人影が、私に近づいてくるのが見えました。しかし、どちらも笑い事で済ませられることでした。私は自分の影におびえていたのです。

押入れを片づける

部屋を片付けてきなさいと言う母の声を、今でもはっきり覚えています。私は仕方なく部屋を片付け始めますが、しまうはずのマンガを手に取って読み始めます。ところがそれもつかの間、「5分後に部屋を点検するわよ」と言う母の警告が聞こえてきて、私は片付けを再開します。そんなにすぐきちんと片付けることはできないので、私はどうしてよいか分からない物を全部押入れに隠し、ベッドを整えて、押入れの点検がないことを願いながら母が来るのを待つのです。

垣間見る者から探求者へ

娘のキャサリンが、まだ小さくて、歩いたり這ったりできなかったときのことです。あっちに行ってとか、放っておいてと主張するとき、彼女には独特の方法がありました。それは、目を閉じることです。自分が見えないなら、相手からも自分は見えないという理論らしく、車のチャイルドシートに座らされていて初対面の人に話しかけられたときや、ベビーチェアに座らされていて嫌いな食べ物が出されたとき、また、「もう寝なさい」と言われたときなどは、そんなことをしていました。