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戸棚の食べ物

友人のマルシアは、ジャマイカ・クリスチャン聾学校の校長です。最近、重要な見解を示してくれました。「祝福されたスタート」と表題のついたニュースレターには、過去7年間ではじめて、昨年度の繰り越しがあったと書かれていました。この繰り越しとは何だと思いますか。銀行口座に一千ドルの残高があったのでしょうか。いいえ、違います。学校の事務用品が余ったのでしょうか。それも、違います。繰り越したのは、戸棚に残った一カ月分の食糧でした。

存続するだけでなく

ムッソリーニの侵略軍は1937年4月、ワッラモ地方で仕えていた宣教者たちにエチオピヤから出て行くように命じました。キリスト教に改宗した48名の地元の人が信仰を支え成長させるために残されたものは、マルコの福音書のみでした。その上、ほとんどの人は字が読めなかったのです。ところが4年後、宣教者たちが戻ってみると、教会が生き残っていただけではなく、クリスチャンの数は1万人に達していたのです。

長丁場に備えて

米国で2006年に千人以上の成人を対象に行われた調査によると、ほとんどの人が17分以上行列に並ぶことに耐えられず、9分以上の電話の保留にも耐えられないそうです。

上等だ

第一次世界大戦中のマルヌ川の最初の戦いで、フランス軍のフェルデナン・フォッシュ中将は次のような声明を発しました。「我が中央部隊は崩壊し右辺部隊は退却している。上等だ。私は攻撃をつづけている。」ここに彼の、難しい状況にあっても希望を捨てない、積極的な態度が見られます。部隊はそれによって最後には勝利しました。

そばにいる

コネチカット州の小学校で、20人の児童と6人の教職員が犠牲となる殺傷事件が起こり、国中を震撼させました。事件のことが人々の頭から離れず、さまざまな問いが脳裏を駆け巡りました。どんな人物が、どんな理由で…同様の事件が繰り返されないためにはどうしたらいいか…事件に巻き込まれながらも生き残った人たちのケアは…。このような混乱の中、ある異色の一団が訪れて、光明を灯してくれました。それは、シカゴからやってきた犬たちです。

難を避ける

中世の時代、農民は畑仕事をしていて略奪軍が地平線に見えると、城壁で囲まれた都市に家族とともに逃げ込み、自分たちの生命を守りました。

空っぽではない

孫のジュリアは夏休みに、ウガンダのブシアにある孤児院で実習生として働きました。最終日に子どもたち一人ひとりに「さよなら」を告げに行くと、スマヤという少女はひどく悲しんで言いました。「明日、あなたが行ってしまい、来週には他の実習生のお姉さんたちも行ってしまう。」ジュリアが「そうね」と言うと、スマヤはしばらく考えて叫びました。「私たちは空っぽになってしまう。誰一人残らない!」ジュリアは、もう一度、そのとおりだと言いました。少女はまた、しばらく考えると、今度はこう言いました。「でも、神さまが私たちといっしょにいてくださる。私たちは空っぽにはならないわ。」

旅の道連れ

最近、大学院時代の同窓生の消息を調べてみると、多くの人が亡くなっているのが分かりました。改めて人生の短さを思い、気持ちを引き締めました。大抵の人は70歳か80歳ぐらいまで生きて、世を去ります(詩90:10)。私たちは旅人であり寄留者だとイスラエルの詩人は語っていますが(詩39:12)、まさにその通りです。

罪をやっつけた正義の味方

少し前ですが「あなたが罪を犯さないでいられた、一番長い期間とはどのぐらいですか。一週間、一日、それとも1時間ですか」と尋ねられました。なかなかきびしい質問です。正直な人なら、罪を犯さなかった日は一日もないと言うでしょう。しかし、この一週間を振り返って、神に「〇〇の罪を犯しました」と告白したことがあるかというと、それは無いかもしれません。そういう場合でも、この一週間、思いでも行いでも、まったく罪を犯さなかったと言うなら、それは自分を欺いていることになります。