米国大統領は就任後、儀式への参列や条例や条約の署名と同時に、自らの葬式計画の立案もします。いずれ行われる葬儀に政府機関が備えておくためにです。自分の葬儀を計画するのは奇妙だったかと尋ねられ、ブッシュ元大統領(父)は、慣れるものだと答えました。彼らの政治的な功績は歴史家が書き伝えますが、大統領自身は、自分の葬儀の個人的および伝統的な部分――どのように記憶されたいか、どんな儀式を望むか――を計画できるのです。

死は厳粛な現実です。ソロモン王は、生きる意味を快楽、仕事、知識の中に求めましたが、結局は、空しいと悟り、「弔いの家に行くのは酒宴の家に行くのにまさる」(コヘ7:2)と述べました。実際、幸せより苦境の時の方が、人生を深く見つめられます。

死の現実と向き合うなら、死後にしっかり備えられるでしょう。ソロモンは語ります。「そこには人皆の終りがある。命あるものよ、心せよ」(2節)。私たちは、目をそらさず、準備したいものです。

まずは、私たちを救うために死んで復活されたキリストを信じて、己の罪を赦(ゆる)していただくことから始めましょう。全ての人が死ぬのは、はじめの人アダムが、神に背き、死がこの世に入り込み、その子孫である私たちも、アダムの自分本位な生き方を踏襲したからです。しかし「キリストによってすべての人が生かされる」(Ⅰコリ15:22)ようになるのです。