Category  |  従順

神のもとに駆け寄ろう

エイドリアン・シマンカスは、チリのマゼラン海峡で父親とカヤックをしていましたが、あっと思った瞬間、ザトウクジラに飲み込まれてしまいました。「死ぬのだと思いました」と、24歳の青年は語ります。しかし、数秒後、クジラは彼を冷たい海に吐き出しました。彼は救命胴衣を着けていたので、水面に浮かび、父親に助けられました。

イエスが輝く

母親が亡くなった時、ジョニー・エレクソン・タダは、体はキリストを入れる「土の器」ということについて考え、「土の器」の現代版は、段ボール箱だと思いました。最愛の母であった「箱」は、今や崩れて空っぽでしたが、キリストの御霊という宝が宿っていたのです。

神の求められる生き方

ケンは、同じアパートに住む移民労働者を避けていました。文化や習慣が違う人には困惑しかありません。しかし、ある日祈っていると、心の中に声がしました。「もう何年も隣人なのに、お前は一度もイエスを表していない。彼らに対する態度をよく考えなさい」

委ねて静かに待つ

アデレード・ポラードのことは、あまり知られていません。彼女が脚光を望まない、謙遜な神のしもべだったからです。40歳の時、アフリカ宣教に召されていると強く感じましたが、扉は閉ざされ、大いに落胆しました。しかし「粘土が陶工の手の中にあるように、……お前たちはわたしの手の中にある」(エレ18:6)の御言葉を思い出しました。こうして、聖歌295番「成したまえなが旨」を書きますが、その中に「われはただ汝が手のうちにある土くれ」という歌詞があります。

御言葉を行う

机の前にメモを貼り付けるボードがあるのですが、そこに以前、「健康のための10の習慣」という雑誌の切り抜きを貼りました。先日、自分は半分も覚えていないと気付きました。毎日見ていたはずなのに、何ということでしょう。日常の風景の一つになり、しっかり見ることも、行うこともしていませんでした。

イエスを誰より愛する

教会堂を増築して尖塔(せんとう)を設置すると聞いて、疑問を呈した教会員たちがいました。そのお金で貧しい人を助けることもできるのにと。牧師は、使い道が指定された献金だと説明した上で、主は「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいる」(ヨハ12:8)と言われていますね、と言いました。文脈を無視した発言だったとすぐに謝りましたが、私は考えました。イエスの文脈とは何だったのでしょう。

最優先事項

全国規模の牧師集会のメインスピーカーに迎えたいと著名な団体から依頼され、ホセは「祈ってお返事します」と答えました。結局、断り、友人にこう言いました。「私が今、神に召されていることは、本の編集だよ。説教準備には多大な時間が必要だから、その仕事がおろそかになる。だから、あの依頼は断ったよ」

父が望むもの

スティーブがチェーンソーを持って森に行こうとすると、5歳の息子オーガストが「パパ待って。僕も行く」と、おもちゃのチェーンソーと手袋と耳あてを持ってついてきました。スティーブは、危なくないように、離れた場所に息子用に丸太を置きました。10分も経つと少年はクタクタです。おもちゃのチェーンソーで丸太を切るのですから。しかし、父を「手伝える」のがうれしく、父も息子と過ごす時間を喜びました。

神の計画に従う

私はプロジェクトが失敗しないかと心配で仕事に集中できませんでした。不安の根源は自尊心です。自分のプランと段取りは最善だと自負していたので、それを否定する結果は受け入れられません。しかし、私のプランは神のご計画かしら、という疑問が頭をよぎりました。