感謝を忘れる
ギィー、ガァー、ギィー、ガァー。激しい雨の中、ワイパーのきしむ音が私をさらに苛立たせました。生活に必要な現金を調達するために、私は、より安全な愛車を手放し、走行距離約13万キロメートル、子供用の側突エアバッグも付いていない古い中古車を買いました。その時までに貯金は底をつき、自宅も手放していました。生命にかかわる病気の医療費が健康保険では支払われず、家計がひっ迫していました。「神さま、もうたくさんです」と、私は大声で言いました。「横から当たられたら、子どもたちを守ることもできない。何かあったら、どうしてくれるんですか。」
違反きっぷの代わりに
ひとりの警察官が、チャイルドシート無しで幼児を乗せていた女性を停車させました。普通なら違反きっぷを切るのですが、代わりに、近くの店に行くように言い、自腹でチャイルドシートを買ってあげました。彼女は貧しくて、それを買うお金がなかったのです。
豆はいらん
夕食の席でグリーンピースの大皿を回すと、幼かった息子は、「いらん!」とぶっきらぼうに言いました。私たち夫婦は息子に「結構です」と言って欲しかったので、「『いらん』じゃないでしょ?」と言い、マナーを身につけるのは大切だという話をしました。実際、私たちの家庭は、こういう話し合いを大切にしてきました。
これが私たちだ
コーリー・テン・ブームの自伝には、姉のベッツィとナチスの強制収容所で過ごした1940年代初期の恐ろしい体験が記されています。ある時、検査で服を脱がされ一列に並ばされました。ひどい辱めに打ちひしがれていたとき、突然、イエスも裸で十字架にかけられたことを思い出しました。はっとして神をあがめ、「イエス様も裸にされたのよ」と姉にささやきました。ベッツィは息をのみ、「あぁコリー…。そのことを、今まで感謝してなかったわ」と言いました。
生存者の思い
韓国の旅客フェリー沈没事故の際に救出された71歳の女性は、自分が助かったことに自責の念を感じていました。多くの若い命が失われたのに、年配の自分が助かるべきだったのだろうかと、病院のベッドで語りました。また、もうダメだと思ったとき、自分を水中から引き上げてくれた青年の名前が分からないことを嘆いて、「せめて、その人に食事を御馳走したい。手を握り、抱きしめて、感謝の気持ちを伝えたい」と言いました。
健康のために
有名なデューク大学メディカルセンターの研究者によると、「感謝することが『薬』だったなら、すべての主要な臓器に良い影響を与える特効薬として、世界で最も売れる製品になる」のだそうです。
記憶喪失
困難な状況に直面すると、霊性が記憶を失ったかのように、神の恵みが思い出せなくなることがあります。こんなとき、感謝に満ちた心を取り戻す良い方法があります。まず、邪魔の入らない自分だけの時間を作りましょう。そして、神が必要を満たしてくださったときのことを思い出して感謝をささげるのです。
感謝の涙
夫婦で聖餐式に参加したときのことです。一人ひとりが前に進み出て、パンと杯を長老か牧師から受け取ってくださいと言われました。牧師や長老たちは、一人ひとりに「イエスがあなたのために犠牲になってくださいました」と語りかけました。聖餐式は型どおりの習慣になりがちですから、このような特別なやり方で聖餐にあずかって、私たちは感動しました。席に戻ってから、ゆっくりと静かに通り過ぎる人たちを見ると、目に涙を浮かべている人が少なからずいました。礼拝の後で数人の友人は、感謝で目が潤んだと言っていました。
神が人生を変えた
パソコン業界の先駆者、アップル社のスティーブ・ジョブズ氏が2011年に亡くなったとき、世界中から100万人以上が、オンライン上で彼に賛辞をささげました。その内容は等しく、ジョブズ氏がいかに自分たちの人生を変えたかでした。彼らは、ジョブズ氏の創造的な革新のおかげで、それ以前とはまったく違う生活をしていると言いました。そして、そのことに感謝し、彼を失った悲しみを表したかったのです。あるタブレット型コンピュータには大きな字でiSad (アップル社の製品iPadをもじって「私は悲しい」と表した)と書かれていました。