歌で強められる
第二次世界大戦中、ナチスから逃げたユダヤ人難民を、フランスのある村の人々がかくまいました。森の中に隠れていたユダヤ人たちに、出てきても大丈夫と知らせるために歌を歌いました。勇敢なル・シャンボン=シュル=リニョンの住人は、アンドレ・トロクメ牧師夫妻の呼びかけに応え、「プロテスタントの山」として知られている広い丘陵地帯で彼らを保護しました。歌で合図という行為は、村人の勇気の一端です。そのおかげで、3千人ものユダヤ人が死を免れました。
大いなること
ベルリンの壁が崩壊したというニュースに世界中が驚きました。1989年11月9日、ベルリン市を二分していた壁が崩れ、28年間分断されていた街がひとつになりました。ドイツの人々はもとより、世界中の人たちが興奮しました。それは大いなる出来事でした。
その方はどんなお方?
新婚旅行の帰り道、空港で列に並んでいると、少し離れた所にいる男性に気づきました。目配せする私に、夫はちらっと見て「誰?」と言いました。私は興奮して、その俳優の有名な役の名を早口で言うと、彼のところに行って、一緒に写真を撮ってもらえませんかと尋ねました。私は24年経った今も、このことを楽しく人に話します。
鮮やかな光の中で
伯母のセレナが10歳の誕生日にくれた眼鏡をかけるや、ザビエル・マクーリーは泣き出しました。彼は生まれつきの色覚異常で、灰色の世界しか知りません。色覚補正眼鏡のおかげで、初めて色を見たのです。彼の感激を目の当たりにした家族は、奇跡が起きたように感じました。
チャンスを逃さないで
週の半ば、祈り会が始まる前、私たちは前の晩の中秋の名月の話をしていました。月は地平線の上に鎮座しているかのように、大きく際立っていました。白髪のウェッブさんは、その場にいた最年長者でした。彼女は、神の壮大な自然を心から愛していました。当時、私たち夫婦は、ふたりの幼い子どもを育てていたので、彼女は助言をしたいと思ったのでしょう。「赤ちゃんに月を見せるチャンスを逃さないでね」と言いました。
聖霊によって歌う
聖書学者で作家でもあるGキャンベル・モーガンは、20世紀初頭にウェールズで起こったリバイバルの様子を記しています。彼は、聖霊の臨在が聖なる歌の波となって渦巻いたと信じています。音楽が会衆をひとつにして、祈りや告白が自然に始まり、賛美の歌が自発的にささげられました。気分をよくした人が長々と祈ったり、自分勝手な話をしたりすると、誰かが静かに歌い出し、それに加わる人がだんだん増え、やがて他の音が聞こえないほどの大合唱になったそうです。
嘆きから礼拝に
キムは、2013年、乳がんの治療後4日目に、病気は肺に転移していて3年から5年の余命だと言われました。最初の1年は悲嘆にくれ、涙ながらに神に感情をぶつけていましたが、私が出会った2015年頃には、すでにすべてを神にゆだね、喜びと平安で輝いていました。もちろん辛い日もありますが、他の人を励ます中で、悩みや苦しみは、次から次へと希望に満ちた神への賛美の証しに変えられています。
乳飲み子の口によって
南スーダンに遣わされた宣教師のミッシェル・ペリーは、10歳の少女ヴァイオラが、木の枝をマイクに見立てて伝道者のマネをするのを見て、村の伝道集会で「説教」をさせようと考え、少女も承諾しました。ペリーは次のように述べています。「会衆の心は、とらえられた…孤児の少女が王の娘の威厳をまとって立ち、神の御国の現実を力強く語ったのだ。会衆の半数がイエスを受け入れた。」
気分を明るくされる方
駅で通勤電車を待っていると、否定的な思いが次から次へと押し寄せてきました。金銭問題、自分に言われた酷い言葉、理不尽な扱いを家族が受けたのに何もできなかった無力感などです。電車が到着する頃には、ひどい気分でした。しかし電車の中で別の考えが思い浮かびました。神に手紙を書いて、自分の不平不満を打ち明けることです。私はメモ帳に辛い思いを書き連ねると、スマートフォンを取り出し、賛美歌を聴きました。気がつくと、気分はすっかり明るくなっていました。