Category  |  人間関係

神の優しさを

厳しい不景気のさなか、私は、失業中のクリスチャンが互いをサポートする自助グループを立ち上げました。履歴書の相互チェック、求人情報ネットワーク網、祈りによるサポートなどがその内容です。そんな中、ひとつの問題が浮上しました。自分が就職すると、もう関係ないとばかりに、自助グループに参加しなくなる人がほとんどだということです。そのため、なかなか就職できない人たちは、むしろ孤独感を募らせたのです。

さらに悪いことは、失業を経験したことのない人の言葉でした。「もし、あなたが純粋で正しいなら、まことに神は今すぐあなたのために起き上がり、あなたの義の住まいを回復される」(ヨブ8:6)と、友だちが苦しんでいるヨブに告げたときと同じように責めました。ヨブは、「安らかだと思っている者は衰えている者をさげすみ」(ヨブ12:5)と自分の気持ちを表しましたが、現代の社会で求職中の人たちもおそらく共感するでしょう。

人生が大した問題もなく進んでいる人はともすると、自分は苦境にある人たちよりも優れているとか、神に愛されていると思いがちです。この失われた世界の影響は、いつ、誰のところにやって来るか分からない、ということを忘れてしまうのです。

私たちは、状況が良くても悪くても、みんな神に愛されています。また、状況が良くても悪くても、私たちはみんな、神が必要です。自分に与えられた成功や富、または社会的地位は、困っている人たちを助け励ますツールなのです。

人とうまくやる

私は人付き合いの良いほうです。特に、気の合う人たちと一緒にいるのは嬉しいものです。しかし、好きな人たちとだけ付き合っている訳にはいきません。中にはとげのある人もいます。「人というものを知れば知るほど、ペットの犬が好きになる」という皮肉も分からないわけではありません。そんな私たちは、人間関係がうまくいかないと相手の責任にする傾向があります。

使徒パウロは、クリスチャン同士がうまく付き合うことについて述べています。「…一致を保ち…」、「…他の人のことも顧みなさい」、「あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです」と教えています(ピリ2:2-5)。

考えてもみてください。イエスは私たちのために、ご自分の立場や特権を捨てられました。しもべとして生きて、ご自分のいのちを犠牲にすることを選ばれました。神と人の関係を喜びに溢れたものにするために、そうしてくださいました(ヘブ12:2)。私たちがどうしようもない存在であったにもかかわらず、そうしてくださったのです(ロマ5:8)。

ですから、付き合いにくい人と一緒に何かをすることになったら、その人に愛を示すことができるように助けてください、と祈りましょう。そうすれば、主があなたの対人関係に対する態度を少しずつ変えてくださり、いずれは驚くほどになるでしょう。

風と火

屋外で火をおこそうとしても、風が吹き消してしまうことがあります。ところが風は、火を燃やし続けようとするなら、それを助けてくれます。前者では、風は私のしたいことを邪魔する「悪い人」であり、後者では私を助けてくれる「良い人」です。

親切な言葉

友人のスコットは、仲睦まじい妻の両親を心から尊敬していたので、ある日、幸せな結婚生活の秘訣をふたりに尋ねました。すると義父のケンは、「お互いをいたわり続けることだよ」と答えたそうです。また別の友人は、私たち夫婦(その他の夫婦にも)に送る手紙の結びにいつも、「お互いに相手を大切にすることを忘れないでね」と書きます。

私が発明した

カナダ人のウィラードS.ボイル氏は、デジタルカメラやハッブル望遠鏡に組み込まれた電子センサーの共同発明者で、ノーベル物理学賞を受賞しました。あるとき、彼は新しいデジタルカメラを購入しようと、ノバスコシア州ハリファックスの、とあるカメラ店に行きました。カメラ店の販売員はボイル氏にカメラの精密さを説明しようとしましたが、途中でやめてしまいました。

賢い人の輪

私は以前、カリフォルニア州のある教会の役員でしたが、当時、最年長だったボブ・スミス兄は、役員会が導きを必要とするとき、いつも神のみことばに立ち返るように促してくれる人でした。

気前の良い助け

町の図書館でいつも時間をつぶしているホームレスの男性がいます。ある日、その図書館で書き物をしていて、お昼になりました。それで、ターキーとチーズをはさんだサンドイッチを食べ出したのですが、少し食べたところで、その人の顔が思い浮かびました。それで、その人のところに行って口をつけていないサンドイッチを差し出すと、受け取って食べてくれました。

時代の精神

どの時代にも「時代の精神」といえる固有の考え方や価値観があり、社会はその影響を受けています。これは、だんだんとみんなに受け入れられていき、倫理的な違和感がなくなり、ついには、流行の価値観として人々に容認されるようになります。

誠実と信仰の人生

父親の90歳を祝って、兄弟と一緒に誕生パーティを開きました。2010年のことです。私は自宅を開放し、家族や友人たちを招いておいしい食事でもてなしました。居間にあるバンジョー、ギター、マンドリン、アップライト・ベースにアイリッシュ・ドラムといったさまざまな楽器を手に取り、皆で一日中歌いました。大きなバースデーケーキにはこんなメッセージが書かれていました。