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隣人とは誰か

マリーは見舞いに来たラヒームを見てにっこりしました。彼は命の恩人です。自宅前で転倒し脳内出血を起こした時、宅配業務中のラヒームが気付き、救急車を呼んでくれたのです。彼はお見舞いに小さな菓子を持参します。それもまたマリーの回復を助けてくれます。ラヒームはイスラム文化に由来する名前です。私は良きサマリア人のたとえ話を思い出しました。

人を知り、人を愛する

ヒポクラテス(紀元前460~375年頃)は、医学を迷信の闇から科学的分析の光に導き出しました。しかし、患者の人間性を尊重し、 「その病気を持つ人を知ることが、その人が持つ病気を知ること以上に重要だ」と語りました。

イエスの御名によって

ボロボロの靴と「助けてください」と書いた段ボールに目を留めたジョギング中の年配の男性は、サイズが同じと判断すると、自分のスニーカーと靴下を脱いで彼に手渡し、裸足で帰路につきました。また、こう説明することも忘れませんでした。「私は、今まで神に祝福されました。ですから、あなたを祝福すべきだと思ったのです」

キリストの教会

隣人のスーダン人の家族と一緒に表で遊んでいた時のことです。彼らの隣家から歌声が聞こえてきました。数人の人が庭に集まって礼拝をしているようです。スーダン人の若い母親が好奇心を示したので二人で近づくと、彼らは私たちを招き入れてくれました。すると、若い男性が水を張った浴槽のようなものの脇に立って、罪が赦(ゆる)され、これからはイエスに従っていくと語っていました。隣家の庭で救いの証しを聞く機会などめったにありません。この時彼らは、教会名はなくても、まさに教会でした。

惜しみなく与える

私たちは以前、政変で難民となった人々を教会ぐるみで支援しました。数名の教会員が自宅の部屋を提供しましたが、決して大きな家に住んでいる人ばかりではありませんでした。

神と共に歩む

妻が通うスポーツクラブでは、体育館のトラックは時計回りに歩くと決まっています。しかし、この前の火曜日、妻たちが歩いていると、別の人が来て逆方向に歩き始めました。彼女の友人たちがそれに加わり、さらにもう1人も加わりました。たちまちトラック上は混乱し、しばらく秩序が回復しませんでした。

品位ある落書き

米国のジャーナリスト、セバスチャン・ユンガーは、若い頃、フリーランスのライターとして国内を巡り、記事を書いていました。1980年代のある日、フロリダキーズの公衆トイレに入ったところ、いくつもの悪意ある落書きを見つけました。その多くはキューバからの移民を標的にしていました。しかし、異彩を放っていたのは、キューバ人が書いたと思われる一文でした。「幸いなことに、この国の他の人たちは、温かくて思いやりがあり、1962年に私を迎え入れてくれた」。ユンガーは「米国の最悪の部分が、その男性トイレの壁にあった。そして最高の部分も」と述べています。

一緒にやろう!

組立式の本棚の箱を開き、取扱説明書と共に中身を取り出して床に並べました。取説には、やるべきこととやってはいけないことの図が載っていました。大きな×印がついた図には、板や工具を前に困っている人が描かれており、まるで私のようでした。そして隣には「正しい」組み立て方の図がありました。唯一の違いは、人間が二人いることです。そして二人は笑顔です。

ペテン師症候群

自分は見かけほど有能ではないと感じ、それがいつかバレてしまうと不安。そんなことはありませんか。実は、そういう人は多いのです。1970年代の終わり頃、二人の研究者がこの心理を「ペテン師症候群」と名付けました。社会的に認められた優秀な人でさえ自分の至らなさに苦しみます。本当の自分を知ったら、相手はひどく幻滅するだろうと心配するのです。