Category  |  信仰/信頼

試練前、試練後

大きな試練に見舞われたあと、信仰者の人生の何が変わるのでしょう。侵入者から家族を守ろうとしたジャマイカ人男性が、誤って18歳の自分の娘を撃って殺してしまったという事件を知って考えました。

抱負を実行する決意

新年の抱負は1975年から掲げなくなりました。新しい抱負は必要ありません。古い抱負と今も格闘しているからです。短くても毎日日記をつける、最大限の努力をして日々聖書を読み祈る、時間を無駄にしない、(家を片付けておく、という以前にまず)自分の部屋を片付ける…などです。

戸棚の食べ物

友人のマルシアは、ジャマイカ・クリスチャン聾学校の校長です。最近、重要な見解を示してくれました。「祝福されたスタート」と表題のついたニュースレターには、過去7年間ではじめて、昨年度の繰り越しがあったと書かれていました。この繰り越しとは何だと思いますか。銀行口座に一千ドルの残高があったのでしょうか。いいえ、違います。学校の事務用品が余ったのでしょうか。それも、違います。繰り越したのは、戸棚に残った一カ月分の食糧でした。

甘美な休息

寝返りを打ったり、枕の位置を変えたり形を整えたりしても、何をどうしても眠れないときがあります。ある新聞のコラムは「良い眠り」のためのアイデアを色々紹介していましたが、結局のところ、万能な策は無いと結論づけていました。

疑い深い人たちの希望

会社でチャプレンとして働いていたので、様々な人と話す機会に恵まれました。キリスト教に不信感を抱いている人たちもいました。この人たちには大きく3つの壁がありました。

子どものときの夢

数年前、5年生の生徒に、「もし来週、イエス様が来てくださるとしたら、どんな質問をしたい?」と尋ねました。また、同じことを大人のグループにも聞きました。両者の返答は驚くほど違っていました。子どもの質問は、かわいらしいものから鋭いものまでありました。例えば、「天国では一日中聖歌隊の服で歌っていなければなりませんか」「僕のワンちゃんは天国にいますか」「くじらは、ノアの箱舟に入っていましたか」「私のおじいちゃんは、天国で何をしていますか」といったものです。天国の存在や神の奇跡を疑問視するものは、ほとんどありませんでした。

次の章

宣教師でパイロットのネイト・セイントが、1956年に4人の仲間とともにエクアドルでワオダニ族に殺され殉教したとき、息子のスティーブは5歳でした。しかし、この殉教者たちの家族が愛と赦しを実践したことによってワオダニ族は救われ、ワオダニ族の教会は力強く成長しています。

失望の中の喜び

神学大学の学生だったとき、巡回伝道をする音楽チームのオーディションを受けました。その奉仕に携われると思うと心が躍りました。ところが、私はオーディションに落ちてしまい、本当にがっかりしました。失意の中で私は、自分の願いを超えた神の優れた計画があると信じるしかありませんでした。

思いを巡らす

親は自分の子どもが成長していく過程を記憶に留めます。赤ん坊が初めて寝返りをうった日、はいはいをした日、初めて歩いた時などを母子手帳や育児日記に書き留めます。そして、そのかけがえのない日々を忘れないように、写真を撮ったり、ベビー服を取っておいたりします。