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知らないふりはやめる

どうやって私のことを調べるのか、退職金の運用を指南する講演会の案内が、次から次へと送られて来るようになりました。数年前から始まったのですが、どれも「老後の備えはしていますか」と告げています。今までは無視してきましたが、どれかに参加する日も遠くないでしょう。行動しなくてはならない時が来たのですから。

前向きな繰り返し

あるジャーナリストには、青いペンを使わないという奇妙な癖がありました。ある日、同僚が「買い物に行って来ますが、何か必要なものはありますか?」と尋ねると、ペンをお願いしたいが、「青以外を」と言いました。「青はいらない。青は嫌いだから。青は重すぎる。ボールペンを12本、買ってください。でも、青はいらないから」と言いました。さて翌日、同僚がボールペンを持って来ましたが、なんと全部青でした。説明を求められると、「だって、青、青って何度も言うから。それだけが印象に残っちゃったんですよ」と弁解しました。言葉の繰り返し効果は、てきめんでした。しかし残念ながら、狙った効果の逆でした。

未消化の知識

外国語を学んでいる学生は、試験は解けるのに、実践ではさっぱりだとイギリスの外交官ランスロット・オリファント(1881-1965)は語り、「そういう未消化の知識は役に立たない」と自著に記しました。作家バルナバ・パイパーの気づきもそうでした。彼は、「正しい答えを知っているので、自分は神に近いと思っていた。しかし、それでイエスと親しい関係にあると考えたのは、とんだ勘違いだった」と述べています。

クリスマスの誕生

御使いガブリエルは、マリヤと羊飼いに「この民全体のためのすばらしい喜び」を知らせに来ましたが(ルカ1:26-27、2:10)、若いマリヤにとって、これは良い知らせだったでしょうか。「この妊娠をどうやって家族に告げよう」「ヨセフは婚約を破棄するかしら」「村の人たちは…」「命は助かっても、この先ひとりでどうやって生きていけばよいのかしら」。彼女は、こんなふうに考えていたかもしれません。

私の手を鍛えてくださる

元NBA選手のデイビッド・ウッドがタウグレスの選手としてスペイン・カップ決勝戦を戦ったとき、私は彼に同行しました。試合の直前、彼は詩篇144篇1節の「ほむべきかな。わが岩である主。主は、戦いのために私の手を、いくさのために私の指を、鍛えられる」を読んで、「まるで僕のために書かれたようだ。神が僕の手をリバウンドが取れるように、指をシュートできるように鍛えてくださる」と言いました。彼はバスケットボール選手に召されたと信じていました。そして、神がありのままの自分を取り、神の召されたことを行えるようにしてくださると学んできました。

火遊び

幼い頃、火遊びは絶対にいけないと母に言われていました。しかしある日、やってみたくなったのです。マッチと紙くずを持って裏庭に行き、しゃがみこんで、どきどきしながらマッチを擦りました。

言行一致

大学で教えている学生から、切羽詰まったメールが届きました。学期末が近づいたところで、そんな成績では来期は部活に入れてもらえないと気づいたのです。さてどうしましょう。彼には未提出の課題がありました。そこで、2日の有余を与えるので課題を仕上げるように返信しました。彼は「ありがとうございます。そのようにします」と答えました。ところが、2日経ってもなしのつぶてです。その学生は言行不一致でした。

神のご計画

軍隊を率いる司令官には全体を包括した戦略があるかもしれませんが、それでも個々の戦闘に対して、具体的な指令を上から受けて部下に出さなくてはなりません。40年の荒野の旅を経て、神の民は約束の地に入ろうとしていました。神は民の指導者としてヨシュアを立てられましたが、ヨシュアは、上記のことを学んでいかなければなりませんでした。

鉛筆戦争

小学1年生の時の先生は、私の鉛筆の持ち方が間違っているといって、どのようにすべきか見せてくれました。私は、先生が見ている時は言われた通りにしましたが、彼女の目の届かないところでは、自分の持ちやすいように持って書きました。