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天が歌っている

高校の合唱団がアルゼンチンの歌「エル・シエロ・カンタ・アレグリア」を喜びに溢れて歌っていました。素晴らしいと思いましたが、スペイン語が分からないので歌詞は理解できません。しかし、やがて「アレルヤ!」と聞きなれた言葉が高らかに響き、何度も繰り返して歌われました。神をたたえる言葉「アレルヤ!」は、世界中のほとんどの言語で似た発音になっています。私は、この歌の背景を知りたいと思って後からネットで調べました。すると、この曲のタイトルの翻訳は「天は喜びを歌う」でした。

神の恵みの豊かさ

バナナを8本ほど買ったつもりでしたが、配達された袋を開けると、20本入っていました。私はすぐに、英国に来たのだから、食品の重さは、ポンドでなくキログラムだと気付きました。私は、3ポンド(1.35キログラム)ではなく、3キログラムのバナナを注文したのです。

神に感謝をささげる

友人は、帰宅を急ぎながら夫が帰る前にできる夕飯は何かしらと考えていました。夫婦とも忙しく責任ある仕事をしています。日曜日は鶏肉料理を作りました、月曜日は、その残り、そして火曜日も焼いた鶏肉でした。冷凍庫に魚の切り身が2切れありましたが、魚は夫の好物ではありません。しかし、短時間で調理できるものは他に無かったので、それにするしかありませんでした。

神の愛と誠を味わった

歴史的な在位70年の中で、英国女王エリザベス2世が序文を添えて公認した伝記は、『僕(しもべ)たる女王、彼女が仕えた王』(日本未発表)のみです。これは、女王の90歳の誕生日を記念して出版され、彼女が信仰を指針として国を治めてきた詳しい記録です。女王は序文の中で、彼女のために祈った全ての人々に謝意を表し、神の変わらぬ愛に感謝をささげました。そして、「神は実に誠実なお方だった」と結んでいます。この率直な宣言は、古今東西の多くの人の証言と同じです。この人たちは人生の中で神のご真実を体験したのです。

私は何者なのでしょう

神の働きのためにクリスチャンリーダーに奉仕を依頼する仕事をしていたことがありました。私は案内書を作り、奉仕の内容やどの程度の時間を割かなければならないかなどを説明しました。そこには犠牲が生じるので、多忙な人にお願いすることはしばしばためらわれました。しかし「光栄です」と快諾してくださる方々がいて感動しました。断る理由を述べる代わりに、神の慈しみに対する返礼として奉仕したいと言ってくださいました。

感謝祭の祝福

ワンダ・デンチは2016年、感謝祭の食事にいらっしゃいと孫の携帯にメッセージを送りましたが、それを受け取ったのはジャマルでした。孫は直前に電話番号を変えていたからです。ジャマルは、自分は別人だけれども伺ってもよいかと尋ねました。ワンダは「もちろん!」と返信しました。ジャマルはワンダの家族と感謝祭を過ごし、それが毎年の恒例になりました。メッセージの誤送信が、毎年の祝福になったのです。

褒められるべきは誰か

らせん階段や広々とした寝室、高級感溢れる床材、ゆとりあるランドリールーム、機能的な書斎。不動産業者が、ある夫婦に物件を案内していました。二人は家の美しさに歓声を上げ、「完璧だ。最高の家を見せてくださって、ありがとうございます」と言いました。すると、彼は意外ながらも、もっともな発言をしました。「お客様の感想を建築士に伝えます。お褒めの言葉に値するのはその人です。この家でも私でもありません」

感謝の心

東京2020オリンピックの準決勝に出場予定のハンスル・パーチメント選手は、バスを乗り間違えて別の会場に到着。通常の移動手段では試合に間に合いません。絶体絶命です。しかし、大会ボランティアのストイコビッチ河島ティヤナさんに会いました。彼女は彼をタクシーに乗せ、お金を渡しました。おかげでパーチメント選手は準決勝に出場、決勝に進み、110メートル障害で金メダルを獲得しました。彼は試合後に戻って河島さんを探し、彼女の親切に感謝しました。

笑いという頂き物

コメディアンのジョン・ブラニアンは語りました。「笑いを発明したのは人間ではない。笑いは(神に)もらったものだ。人生を生き抜くために笑いは必要だと神は知っておられた。人生には苦難、悩み、また、何かが起きることもある。笑いは頂き物なんだ」