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最高に充実した人生

人間の生のあるがままの状態は、17世紀の哲学者トマス・ホッブズの有名な一節によれば、「孤独で、貧しく、卑劣で、残酷で、短い」ものだそうです。そして人間には、自分が優位に立つために戦おうとする生来の性質があるので、法と秩序を保つために「政治体」を設けることが必要だといいます。

主に変えられた

ロンドンで最大の売春宿の経営者が逮捕されましたが、彼は、自分は「いいヤツ」だと思っていました。しかし服役中、お菓子とコーヒー目当てに聖書の学びに参加して、受刑者たちの幸せそうな姿に衝撃を受けました。そして最初の賛美歌を歌っている間に泣き出したのです。彼は聖書を受け取り、エゼキエル書の「しかし、悪者でも、自分がしている悪事をやめ、公義と正義とを行うなら、…彼は必ず生き、死ぬことはない」(18:27-28)を読み、「雷に打たれたよう」だったと言います。聖書のみことばが生きて働き、変化が起こりました。彼は「俺は『いいヤツ』なんかじゃない。邪悪だ。変わらなければいけない」と気づいて、牧師と一緒に祈りました。そして「イエス・キリストに出会った。主は私を変えてくださった」と言いました。

仲間外れにされていても

息を呑む技が繰り広げられるオートバイのショーを大観衆に混じって観ていました。私はつま先立ち。あたりを見回すと、3人の子どもたちが近くの木に登っていました。群衆をかき分けて前に出ることができなかったのでしょう。その様子に取税人ザアカイを思い出さずにはいられませんでした(ルカ19:2)。

忘れない

戦没将兵追悼記念日になると、兵士たちに思いを馳せますが、特に父と叔父のことを思い出します。ふたりとも無事に家族のもとに帰りましたが、多くの人が、愛する家族を戦場で亡くしました。しかし、当時、兵士となった人たちは、家族を守るため、また自分が正しいと信じることのために、命をささげたと語っています。

光の守り人

ノースカロライナ州の沖合、ハッテラス島の岬にある灯台には、1803年以来、灯台を守ってきた人たちの記念碑があり、彼らは「光の守り人」と呼ばれています。

平安という賜物

米国の第41代大統領の妻、バーバラ・ブッシュ夫人は亡くなる前、「私はイエスが私の救い主だと信じているので死は怖くありません」と言いました。この確信は強い信仰を表しています。死ぬ時でさえ神の平安に包まれていました。

幼子から学ぶ

ケニアの首都ナイロビのスラム街に車で入り、貧困を目の当たりにすると、何とも言えない気持ちでした。しかし、幼い子どもたちが「先生!先生!」と叫びながら駆けて来るのを見て、清々しさを感じました。子どもたちは私の車に同乗していた牧師に会うのが嬉しくてたまらないようで、心を砕いて世話を惜しまない彼らの霊的なリーダーを、可愛い声で暖かく迎えたのでした。

真の自由

映画「アミスタッド」は、1839年、西アフリカで奴隷になった人たちが、船を乗っ取り、船長や船員を殺した事件に関するものです。彼らは再び捕らえられ、投獄され、裁判にかけられます。奴隷のリーダー、シンケが熱心に解放を請う法廷のシーンが印象的です。「われらに自由を!」という、鎖につながれた男のたどたどしい英語の訴えが、熱を帯びて繰り返されると、やがて法廷は静まり返ります。そして正義がもたらされ、彼らは自由になるのです。

堅く立つ

エイドリアン一家はキリスト信仰のために迫害されていますが、その中で主の愛を実践しています。教会の中庭はテロリストの訓練場だった頃の弾丸の跡で荒れていますが、彼はそこに立ち、「今日は受難日です。イエスの十字架での苦しみを覚えましょう」と言いました。そして、その町に留まった信仰者の苦しみは、未だ終わっていないと続けました。彼らはそれでも、そこに留まることを選びました。「私たちはまだここにいて、堅く立っています」と語りました。