イエスの肖像
ロバート・ヘンクスは、『著名なアメリカ女性の肖像画』の中で、「肖像画は写真でも、鏡に映した姿でもない」と書いています。肖像画は外見を写し取るだけでなく、その人の魂の奥底をあぶり出します。本物の肖像画家は、「その人の本質」をとらえようとします。
落ち穂拾い
私たち親子はブラウニー(チョコレート味の焼き菓子)が大好きで、料理の傑作のひとつだと思っています。ある日、ボールで材料を混ぜて、それを焼型に注ぎましたが、娘が少しだけ残してくれないかと言いました。彼女はちょっとだけなめたかったのです。私は笑って賛成し、「それは『落ち穂拾い』というのよ。ブラウニーから始まったわけではないけれどね…」と言いました。
予測不能
ヒラリー・ランケは有名選手ではなかったのですが、2003年、全米女子オープンで18ホールのプレーオフを制して優勝し、女子ゴルフの偉大な賞を獲得して歴史に名を残しました。そして、この優勝は彼女にとってプロ選手として唯一の勝利となりました。この驚くべき、そして心躍る勝利は、「予測不能」ということが、スポーツの醍醐味のひとつであることを表しています。
家族の特権
ガーナにいた小学生のとき、私は両親のもとを離れ、優しくて面倒見の良い家族に預けられていました。ある日、特別な家族会議に子どもたち全員が集められ、それぞれの体験を話しました。しかし次には、「血のつながった子どもたち」だけが残るように指示され、私は退出するように丁重に言われました。自分はこの家の子ではないという現実に直面しました。彼らがどれほど大切にしてくれても私は同居人にすぎず、法律上の家族ではないので、仲間に入れてもらえなかったのです。
ぎりぎりまで
アイダホ州クナの南部に、地元の人が嫌う地下溶岩洞があります。私の知るかぎり唯一の開口部は大きく開いた穴で、暗闇へ急降下しています。数年前、そのギリギリの縁に立って中を見下ろしました。すると、穴に引き込まれそうな感じになってバランスを失うところでした。あまりの恐ろしさに心臓がドキドキして、そこを離れました。
神のいつくしみ
ロジャーは災難つづきでした。心臓弁膜症を治療する開胸手術を受けましたが、1~2週間で合併症を起こして再手術となりました。リハビリを始めてようやく回復し始めた頃、自転車で転んで鎖骨を骨折しました。それだけではありません。彼はこの最中に母を亡くすという悲しみも味わったのです。ロジャーは失意のどん底でした。小さいことの中にでも、神を感じたことがありますかと尋ねられて、この時期、そんな風にはとても思えなかったと言いました。
平安を得るには
フィンランドの首都ヘルシンキのカンピ静寂の礼拝堂は、曲線を描いた木製の壁で街の騒音を遮断しています。訪れた人たちに平安を提供する空間になるようにと、設計者が考えました。ここは市街地にありながら、街の喧騒から逃れられる、ありがたい場所です。
主は私を見つけられた
映画「アメイジング・グレイス」は、1700年代後半のイギリスの実在の政治家、ウィリアム・ウィルバーフォースが、信仰によって駆り立てられ、奴隷貿易を廃止させようと私財や自らの全エネルギーを投じて奮闘する姿を描いた作品です。その一場面で、ウィルバーフォースの執事が主人の祈る姿を見て、「ご主人様、神を見つけられたのですか」と尋ねます。ウィルバーフォースは「思うに、神が私を見つけられたのだ」と返答しました。
灰色の力
オランダのアーティスト、ヨニ・ルフェーブルは、自国の高齢者たちの活力を示そうと、「灰色の力」と題したプロジェクトを主催し、地元の小学生に祖父母の絵を描いてもらいました。彼女は、高齢者に対する「公平で純粋な」見解を表現したいと願い、子どもたちならば、それができると考えました。子どもの絵には、テニスをしたり、絵を描いたり、ガーデニングをしたりなどして 生き生きと活動する年配の人たちが描かれていました。