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忠実な行い

どんな人の場合でも、早すぎる死は悲惨です。ジョーの場合もそうでした。彼は、夫、父親、コーチ、ユースリーダーでしたが、最近は誤った選択を繰り返し、揚げ句の果てに、家族を遺して逝ってしまいました。それで悪い点がクローズアップされがちでしたが、彼の娘は、自分の父親は、皆と同様、欠点はあったけれども、こうやって主に仕えてきたと具体的に述べ、追悼しました。

川を渡る

冒険家クリス・マッカンドレスは、文明を離れてアラスカの原野に向かいましたが、戻って来るつもりでした。テクラニカ川を渡ったのは4月。夏の氷解けが川を激流に変えるずっと前のことです。数カ月後、マッカンドレスは立往生、食糧も尽きました。彼の悲劇的な死は小説や映画になりました。

キリスト者の生と死

銃殺刑が執行されます。「構え!」の号令で兵士たちは彼に銃口を向けました。ドストエフスキーは死を覚悟しました。彼の大作『カラマーゾフの兄弟』のテーマは、神、そして生と死です。ドストエフスキーはイエスのことをうっとりして語るようなキリスト者だったといいます。

イエスによるルネサンス

レオナルド・ダビンチはルネサンスの巨人で多大な業績を残しました。しかし日記には「私たちの惨めな時代」と記し、人は「どんな記憶も残さず」死ぬと嘆きました。また「生き方を学んでいると思う一方で、死に方を学んでいた」と述べました。本人が思う以上に真理に近かったようです。

遺すものは何か

大恐慌時代に砂嵐が甚大な被害を与えた頃、カンザス州のジョン・ミルバーン・デイビスはずいぶんな散財をしました。一代で大富豪になり、子どもはなく、地域の福祉や経済に貢献することもできましたが、亡き妻と自分の等身大の石像11体に多額の費用を費やしました。

今は空っぽ

私たち家族と弟たちは実家の引っ越しを敢行しました。午後遅くに最後の家財を運び出すと、もう戻ることはないと思い、裏庭のポーチで集合写真を撮りました。母が振り向いて「もう空っぽね」と言った時は涙がこぼれそうでした。この気持ちをどうすればよいのでしょう。54年間の家族の思い出が詰まった家が、今は空っぽなのです。私は考えるまいと、思考を停止させました。

寿命

フランスの研究者たちは困っていました。115歳のジャンヌ・カルマンのデータ処理ができません。1990年、ソフトを作ったプログラマーは、そんな長寿の人を想定していなかったので、彼女のデータを入力できなかったのです。実際、ジャンヌは122歳まで生きました。

天国で再会

母の帰天を知らせようとしたとき、「死」という言葉は、天国で再会する希望にふさわしくないと感じました。それで「母はイエスの御腕の中に迎えられました」と書きました。それでも、家族写真に母が写っていないと、悲しみがこみ上げてきます。ところが最近、亡くなった人を含めて家族の肖像画を描いてくれる画家を見つけました。その人は、先に逝った家族の写真を使い、その人たちの姿を絵に描き入れるのです。天国で再会する神の約束が、絵筆によって表されます。私は、傍らで微笑んでいる母の姿を思って、感謝の涙を流しました。

本当に生きる

それはイースターの翌週でした。前の週に、復活の物語を何度も聞いてきた5歳の息子ワイアットが車の後部座席で物思いにふけっていました。そして、運転席の私に「パパ」と呼びかけると、難問を尋ねるときのように一呼吸おいてからこう言いました。「イエスさまが僕たちを生き返らせるとき、僕たちは本当に生きているの、それとも頭の中だけで生きているの?」