地震の町
◆ 出エジプト記19-20
◆ マタイ18:21-35
突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、―使徒16:26
サイモン・ウィンチェスターは著書「世界の果てが砕け散る」の中で、地震が頻発するカリフォルニア州パークフィールドの小さな町のことを書いています。観光客に向けたホテルの広告は「揺れるときはここで寝よう」です。レストランのメニューは、ステーキを「大地震」、デザートは「余震」と呼んでいます。こんな冗談はともかく、実際の地震は恐ろしいものです。私はカリフォルニアで暮らして何度も大地震を体験していますから、その恐ろしさは身にしみています。
アルカトラズ島の自由
◆ 創世記36-38
◆ マタイ10:21-42
獄中で生んだわが子オネシモのことを、あなたにお願いしたいのです。
―ピレモン1:10
サンフランシスコ湾のアルカトラズ島に、昔の連邦刑務所があります。ここを見物したときのことは忘れられません。フェリーが桟橋に着いたとき、なぜここが「ザ・ロック(岩)」と呼ばれていたのか一目でわかりました。決して逃げられないからです。それから、「ビッグ・ハウス」と呼ばれている有名な場所の中に入り、頑丈な鉄格子の窓からひと筋の光が差し込むのを見ました。鳥かごのような独房がずらっと並んでいました。あの有名なアル・カポネや、映画「終身犯」のロバート・ストラウドは、ここに収容されていたのです。
契約信仰
◆ 創世記31-32
◆ マタイ9:18-38
神を愛する人々、……のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださる―ローマ8:28
神に仕えている人は、暗黙の内に「契約信仰」に生きていることがあります。つまり、神に時間と労力をささげているので、見返りとして、特別な祝福を得る資格があると思うのです。
ところが、友人のダグラスは違いました。彼の人生は、色々な意味でヨブのようでした。牧会に失敗し、妻をがんで亡くし、飲酒運転の事故の巻き添えになって自分も息子も怪我をしました。しかし、彼は言います。「神と人生をごっちゃにしてはいけない。」
なぜ今、行けないのですか
◆ 創世記27-28
◆ マタイ8:18-34
ダビデは、その生きていた時代において神のみこころに仕えて後、死んで ―使徒13:36
友人は長年、宣教師としてスリナムで働きました。そして晩年、病気で身体が麻痺しました。「神はなぜ、僕を生きながらえさせるのだろう。主のもとに行きたいのに…」と彼は思いました。
「生きているのが辛い」という状況の人がいたとしたら、なぜ、神はこんな状態をつづけられるのか、と思うかもしれません。イエスが御国に戻っていかれるとき、「主よ。なぜ今はあなたについて行くことができないのですか」(ヨハ13:37)とペテロは尋ねました。ペテロのように、今すぐ御国に入れていただけないのはなぜだろう、と思うかもしれません。