泥の水たまり
友人のエドには幼い息子がいます。彼は息子が泥の水たまりの中に立っていたので、そこから出なさいと言いました。すると、息子は水たまりの中を走り始めました。「走るな」と言うと、歩きました。「歩くな」と言うと、水たまりに立ったまま、不満そうに父親を見ています。男の子は、父親の言うことをとにかく聞きたくなかったのでしょう。私にもこの子と同じような頑固さがあります。自分の行いが神に喜ばれるものでないと知りながらも、結局そうしてしまいます。神はイスラエルの民に「あなたの神、主の御声によく聞き従」うように言われましたが
私のもとに来なさい
シャルロット・エリオットは1834年に「ほふられたまいし」
目的のある痛み
人生で最大の困難は何だったかと友人たちに尋ねたところ、戦争、離婚、手術、家族の死などという答えが返ってきましたが、妻は初産だと言いました。確かに、陸軍病院での長く苦しい分娩でした。しかし、あの痛みには大きな目的があったので、よかったとも言いました。
効果音の技師
昔の映画の音響技師は、劇中の効果音を工夫しました。皮袋にコーンスターチをつめてぎゅっと握ると、雪を踏みしめるような音がします。一対の手袋を振ると、鳥の翼が羽ばたいているように聞こえます。細い棒を振ると、ヒューッという音が出ます。音響技師は、あらゆる独創的な工夫によって効果音を作り、映画にリアリティーを持たせようとします。
ただ信頼する
むかし、幼い息子たちを医者に連れていくのは、ちょっとした体験でした。待合室にはおもちゃがいっぱいあって、子どもが遊べるようになっていました。また子ども用の本もたくさんあって、読んでやることもできました。ですから、そこまでは大丈夫です。しかし、診察室に行こうと子どもを抱き上げた途端、事態は急変します。看護師が注射器を持って近づいてくると、それまでの楽しさは恐ろしさに変貌します。看護師がそばに来ると、子どもは私の首にぎゅっとしがみつきました。助けを求めてしがみつくのは、注射が自分のためになると知らなかったからです。
正義とあわれみ
被告人は裁判長の前に立ち、自分の運命をゆだねます。罪を犯していないなら、裁判所は避け所になります。罪を犯しているなら、処罰が言い渡されます。
希望をもたらす贈り物
巨大台風が、2013年にフィリピンのタクロバンを襲い、推定で1万人が亡くなりました。そして生存者の多くは、家や仕事を失いました。物資も乏しく、3か月が経っても復旧はままならない状況でした。そのような時、またも暴風雨がやってきましたが、その中で赤ちゃんが生まれました。悪天候は台風の辛い記憶を呼び起こしましたが、近所の人たちは協力し合って助産師を探し、母親と赤ん坊を診療所に連れていきました。その赤ちゃんは回復してすくすく育ち、住民の苦難の中で希望のシンボルとなりました。
危険な近道
最近、私の国で選挙がありましたが、知り合いの貧困家庭の母親は、おむつひと袋で買収されてしまいました。彼女と選挙について話し合ったことがあったので、これにはがっかりさせられました。「あなたの信念はどうなったの?」と尋ねても、彼女は黙っているだけです。その候補者が当選してから半年、税金はさらに上がりました。すべての物が値上がりしています。おむつも例外ではありません。
招かれざる客
息子夫婦が慌てて電話をしてきました。前の晩、家の中で2匹のコウモリを見つけたといいます。生態系にはコウモリも重要ですが、だからといって家の中を飛び回ってもらって嬉しいわけはありません。それで、私たち夫婦は息子たちの家に行って、その招かれざる客の侵入口とみられる穴をふさぎました。息子たちの手伝いができて感謝でした。