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救い主を待ち望む

愛車のエンジンがかからず、やって来た修理工はずいぶん若い人でした。夫は「あんな若造が…」とささやき、明らかに信用していません。その若者を疑う夫の言葉は、イエスを疑うナザレの人々のつぶやきを彷彿とさせました。

主のもの

最近、タトゥーが流行っていると気づきます。その中には他人は気づかないほど小さなものもありますが、様々な色を使った大きな入れ墨を、身体の大部分に入れているスポーツ選手や芸能人、また一般人もいます。タトゥーは社会に定着したようです。米国では2014年のタトゥーの売り上げは3兆円を超えました。それに加えてタトゥー除去の売り上げが約66億円です。

不変の愛

車のドアをバタンと閉めて校門に入っていく小学6年生の私に、父は「愛しているよ」と声をかけました。私たちは何か月も毎朝、同じせりふを繰り返していました。父は「いってらっしゃい。愛しているよ」と言い、私は「じゃあね」と素っ気ない返事をしました。別に怒っていたわけでも、父をないがしろにしていたわけでもありません。ただ自分のことで精一杯で、父の言葉を気にする余裕が無かったのです。しかし、父の愛情は変わりませんでした。

住まい

不動産業を営んでいた友人のパツィーが、がんで亡くなりました。夫婦で思い出話をしていると、パツィーに導かれてイエスを信じた友人のことを思い出しました。パツィーは、この町で良い家を見つけられるように人々を助けてきましたが、それに留まらず、誰もが永遠の住まいを確保できるように尽力しました。その姿を思い出すと心が温まります。

神の隠れた手

友人は、アメリカ人宣教師の養子になりガーナで育ちました。家族で帰国し大学に入りましたが、中退を余儀なくされました。その後、軍隊に入り学費を賄えたので復学し、同時に世界を回りました。神は、彼を準備されました。現在、友人はキリスト教文書の作家、編集者として、世界中の人々のために働いています。

孤独なクリスマス

今までで最も寂しかったクリスマスは、15歳で親元を離れ、家から1,000キロも離れたガーナ北部の祖父母の小さな家で過ごしたときです。それまでは、両親や兄弟、村の友だちがそばにいて、クリスマスは盛大で思い出がいっぱいでした。しかし、その年のクリスマスは寂しいものでした。その日の早朝、私は床(ゆか)に敷いたマットに寝そべったまま「今年も終わりだ、クリスマスがやってきた、神の御子が生まれた、すべての人に平安と喜びを」という地元のクリスマスソングを思い出し、悲しい気持ちで何度も繰り返して歌いました。すると祖母が来て、何の歌かと尋ねました。祖父母は、クリスマスも、キリストも、全く知りません。そこで私は自分が知っていることを話しました。その瞬間、私の孤独に光が差したのです。

手を伸ばして

我が家の子どもたちは、アイダホ州の寒い冬、空地に作ったスケートリンクで楽しく過ごします。しかし、幼かった頃は違いました。彼らにスケートを教えるのは大変でした。氷の上に足を置きなさいと言っても、転んだときの痛さを知っているので、なかなか言うことをきいてくれません。私たち夫婦は、子どもたちが転ぶたびに手を差し伸べて起こし、真っ直ぐに立てるように助けてあげました。

クリスマスに考える

クリスマスの雰囲気は12月に入るずいぶん前から盛り上がります。美しいイルミネーションで楽しませてくれる家や巨大なプレゼントに見立てて豪華に飾り付ける商業ビルもあります。この時期、クリスマス、または歳末商戦を感じさせない場所はあまり無いように感じます。

あなたのすべてに感謝!

母の看護でがんセンターに泊まり込んでいたとき、夫のフランクを同じように看護していたロ―リーと知り合いました。私たちは共有スペースで、おしゃべりをしたり、愚痴をこぼしたり、笑ったり、泣いたり、時には祈ったりしました。お互いに支え合いながら、それぞれの家族を看病しました。