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神が手を握ってくださる

ある日曜日、幼い女の子が教会の階段を下りていました。それは彼女のミッションで、可愛く勇敢な独立心の表れです。2歳ぐらいの子どもが、階段を一段一段、ひとりで下りて来て、やり遂げました。私は、この勇敢な少女の大胆な行為に笑みがこぼれました。その子が決して恐れなかったのは、彼女を見守る優しいお母さんのまなざしと、いつでも助けてくれる手があったからです。これは、先の見えない人生を歩む神の子どもたちに、いつでも手を差し伸べようと準備されている主の姿をうまく映しています。

生きた供え物

大叔母は広告業界で活躍し、シカゴとニューヨークの間を飛び回っていました。しかし、田舎で世話を必要としていた両親のために退職しました。両親はふたりの息子を悲劇的な形で早く亡くし、彼女だけが残されました。彼女にとって、両親に仕えることが自分の信仰を表す形でした。

手紙を送る

ルビーは4歳の女の子で、歌ったり踊ったり、遊んだり走ったりするのが大好きでした。ところがある日、両膝が痛くなり医者に見てもらうと、神経芽細胞腫というがんでステージ4だと診断され、直ちに入院しました。

それはそれとして前進

ラジオ局のキャスターをしている友人が賢い助言をくれました。キャスターになりたてで、批判と称賛を同時に浴びて戸惑っていたとき「両方とも、それはそれとしておきなさい」と神が言われていると感じたそうです。つまり、批判から学べることがあるなら学び、称賛は感謝して受け入れる。しかし、そのどちらにも囚われず、神の恵みと力によって謙虚な気持ちで前進しなさいということです。

批判も称賛も、私たちの感情に大きな影響を与えるので、振り回されて過度に落ち込んだり、逆に尊大になったりしてしまいます。箴言は称賛と賢い助言の恩恵について、次のように語ります。「良い知らせは人を健やかにする。…訓戒を無視する者は、自分のいのちをないがしろにする。叱責を聞き入れる者は思慮を得る」(15:30-32)。

叱責を受けたなら、それを糧に益々実力に磨きをかけましょう。箴言は「いのちに至る叱責を聞く耳のある者は、知恵のある者の間に宿る」(15:31)と語ります。一方、称賛は感謝して受け取り、励みにしましょう。謙虚な気持ちで神と共に歩めば、批判と称賛の両方から学ぶことを覚えます。また、両方とも、それはそれとして前進できるようになっていきます(33節)。

祈りと成長

友人のデイビッドは、妻が若年性認知症になり、介護のために早期退職を余儀なくされました。時とともに妻の病状は進み、ますます生活が大変になりました。デイビッドは当初、神に対して腹を立てたと言います。「でも、祈れば祈るほど自分の姿を示された。結婚生活ですごく自分本位だったと気づいたんだ」と涙ながらに告白しました。彼は「妻の介護をして10年になるけれど、神は、物事を別の角度から見られるようにしてくださった。愛を込めた世話はすべて、妻とイエスにしていることだ。妻の介護は、私の人生に与えられた最大の特権だ」と語りました。

励まし合う

近所のジムには、健康や体力の衰えを防ぐために運動に励む人々が集い、自分も頑張ろうという気分にさせられます。壁には、お互いに批評をしないように、むしろ、互いの頑張りを励ます言動を心がけましょうと注意書きが貼ってあります。

思いやりの行動

帰宅した母が「エステラ、友だちのヘレン叔母さんからプレゼントが届いているわ」と言いました。私の家は裕福ではなかったので、郵便で贈り物が届くなど、クリスマスが二度来たようなものでした。この優しい叔母さんを通して、私は神に愛され大切にされていると感じました。

恵みに浸る

ランディ・ガードナーは1964年の1月8日、11日と25分間封印していた行為におよびました。つまり、眠ったのです。17歳のランディは、ギネスの世界記録を破るため、ソフトドリンクを飲み、バスケットボールやボウリングをして、1週間半、眠りませんでした。倒れる前、味覚、嗅覚、聴覚はめちゃくちゃでした。数十年後、重度の睡眠障害に苦しみました。彼は記録を作りましたが「眠りは不可欠」という当たり前のことも確認しました。

文脈を外れて

搭乗口で肩を叩かれました。「エリサ、覚えている?ジョアンよ!」 昔の隣人、前の同僚など、色々な「ジョアン」が頭の中を駆け巡りました。彼女は私の困惑を見て「高校の同級生よ」と言いました。すると、金曜日のフットボールの試合で一緒に声援を送った記憶がよみがえってきました。文脈が明らかになって、誰なのか分かりました。