Category  |  デイリーブレッド

常に感謝する

マルティン・リンカートは17世紀、ドイツのザクセン州で30年以上、牧師として働きました。それは疫病が蔓延したり戦時中だったり、という時代で、ある年には4千人以上の葬儀を執り行い、その中には妻の葬儀も含まれていました。食料不足で家族と空腹に耐える日々もありました。しかし、絶望的な状況下でもリンカートの信仰は揺るがず、絶えず神に感謝していました。実際、彼の感謝は、多くの人に愛される「いざもろともに」(聖歌291番)という賛美歌を生んだのです。

誰でも皆

エルサルバドルは首都の中心にイエスの像を建て、主に敬意を表しています。交通量の多い交差点の真ん中にありますが、高さがあるので目を引きます。また「神なる世界の救い主」という名称も、超自然的なイエスに対する畏敬の念を表しています。

七面鳥から学ぶ

突然、七面鳥の話で恐縮ですが、週末を過ごした山小屋の前を毎日、群で通っていたのです。大きな爪で荒々しく地面を引っかき、何かついばんでいました。七面鳥の観察は初めてなので確証はありませんが、恐らく食べているのでしょう。栄養になるものは何も無さそうなのに、12羽ほどは皆、丸々太っていました。

私の入る余地

その老人は退役兵で言動が荒っぽい人でした。友人が心配して信仰について尋ねたところ、「神には私のような人間を受け入れる余地はない」と即答しました。強がっているだけかもしれませんが、神について言うなら、事実に反します。

気前の良い親切

レストランのドライブスルー窓口で働くヴィッキーは、修理不能になった車の買い替えの金策に頭を抱えていました。常連客のクリスは、それを聞いて「そのことが頭から離れず、何とかせねばと思った」そうです。すると息子が車を売りに出したと知り、それを買い取ってヴィッキーにあげました。彼女は「こんなことをしてくれる人がいるなんて…」と感激し、心から感謝しました。

平和の道具

第一次世界大戦が勃発したとき、英国の外務大臣エドワード・グレイ子爵は、「ヨーロッパ全土で灯りが消えていく」と言いましたが、そのとおりでした。「すべての戦争を終わらせるための戦争」の終結までに、民間人を含めた2千万人が戦死し、2千百万人が負傷しました。

争いを避ける

オランダの有名な物理学者ヘンドリック・ローレンツが亡くなったとき、アインシュタインは、彼らの科学論争には言及せず、故人の限りない親切について弔辞を述べました。気さくで人を分け隔てしない態度について「皆、喜んで彼についていきました。権勢をふるうのではなく、純粋に人の役に立つことを願っていたからです」と語りました。

勇敢な行動

ジョン・ハーパーは、事故を予想だにせず、6歳の娘とタイタニック号に乗船しました。妻を亡くしていましたが、イエスを愛し、皆にもイエスを知って欲しいと願う人でした。船内が浸水すると、彼は幼い娘を救命ボートに乗せ、自らは人命救助のため、混乱する船内に戻りました。「女、子供、イエスを知らない人を救命船に」と叫びながら、ライフジャケットを配っていたといいます。最後の瞬間まで、イエスを伝え続けました。ハーパーは、他の人が助かるために己のいのちを捨てたのです。

間違った自信

数年前、医者に厳重に注意されたので、運動したり食生活を変えたりしました。するとコレステロール値は下がり、体重も減り、自己イメージが上がりました。一方、よくないことも起こりました。他人の食事を批判するようになったのです。おかしなことですが、私たちは自分に有利な採点システムを見つけて、人を見下しがちです。自分勝手な基準で己を正当化し、罪意識を軽減しようとする傾向があるようです。