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神のかたち

美しい小麦色の肌に異変が生じ、彼女は恐れました。自分が自分でなくなるようでした。彼女はその「白斑」を厚化粧で隠しました。白斑とは色素細胞が減少し、その結果、皮膚の色が抜けてしまう病気です。

鏡に映る物

映画「ジュラシック・パーク」の中で、ジェフ・ゴールドブラム演じるマルコム博士が仲間とティラノサウルスから逃げる場面があります。車のバックミラーには牙をむく恐竜の顎が見え、すぐ上には「ミラーに映った物は見かけよりも近くにある」と警告があります。

どうぞ使ってください

世界中の大都市と同様、パリの街はずれでも、住民が地域のホームレスを支援しています。防水袋に「これは落とし物ではありません。寒い方はどうぞ使ってください」と書いたラベルを貼り付け、暖かい衣類を入れて指定された場所に吊り下げています。このような活動は、家の無い人々に暖を取ってもらうだけでなく、貧しい人を援助することの重要性を地域住民に教えています。

恐れのない愛

私は長い間、自分を守るために「恐れ」を盾にし、それを言い訳に、何かに挑戦したり、夢を追いかけたり、神に従うことを避けていました。何かを失ったり、誰かに嫌われたりする恐れは、神や人と深い関係を築くことを妨げました。それは私を自信のない嫉妬深い妻、心配症で過保護な母親にしました。しかし、神に深く愛されていることを学び続けていくうちに、神とのかかわり方、人とのかかわり方が変わりました。神が面倒を見てくださると信じられると、安心して自分より他人の必要に配慮できるようになりました。

空っぽのベッド

私はレンデルとの再会を楽しみに、ジャマイカの聖ヤコブ子ども病院に来ました。彼は2年前にイエスの愛を知ったのです。一緒に宣教旅行をした聖歌隊の高校生、エヴィが聖書を読んで福音を語ると、レンデルはイエスを自らの救い主だと信じました。しかし、レンデルの病室に行くとベッドは空でした。5日前に亡くなったとのことでした。

ひとりじゃない

友人の作家はインドネシアの牧師たちのために聖書の教本を書く仕事を引き受けました。そしてインドネシアの共生文化を知り、魅了されました。それはゴトン・ロヨンと呼ばれ、相互扶助という意味です。村の橋や道のみならず、個人の家の屋根を修理するときでさえ、近隣の人たちが協力します。都市の生活も同じだと言いました。「例えば医者に行くときも、誰かと一緒です。それが当たり前です。ですから、人は決してひとりぼっちではないのです。」世界中のキリスト者も「決してひとりではない」という喜びを知っています。不断かつ永遠の友は聖霊です。天の御父は、キリスト者を助け、いつまでもともにいるために、三位一体の神の第三位格、聖霊を与えてくださいました(ヨハ14:16)。

生きている記念碑

私が育った教会には、家族や友人が亡くなったときに、その人を記念した長椅子や絵画を寄贈するという伝統がありました。亡き人の名前が鮮やかな人生の思い出とともに小さな金色の板に刻まれ、良い記念だと思っています。一方で、それが無機質な物体であるがゆえに、文字通りの意味では「生きていない」とも思ってしまいます。この記念碑に生命を吹き込むことはできるでしょうか。

勇気を呼び起こす

ロンドンの英議会前広場にはチャーチル、ガンジーなどの像に交じり一体の女性の像が立っています。ミリセント・フォーセット、女性参政権のために戦った人です。仲間にささげた言葉「勇気は勇気を随所に呼び起す」と記した旗を持ち、不朽の名声をたたえられています。フォー セットは、勇気が勇気を呼び、臆病な人を動かすと主張しました。

拘束されても沈黙しない

それは1963年の夏でした。公民権運動家のファニー・ルー・ヘイマー と6人の黒人客は、夜行バスで移動した後、ミシシッピー州のウイノナで食堂に立ち寄りましたが、警察によって強制的に追い出され、不当に逮捕拘留されました。その上、暴行まで受けました。ファニーは激しい暴行を受けて瀕死の状態になりましたが、突然「パウロとシラスは牢につながれた。わたしの民を行かせなさい」と歌い出しました。すると身体の自由を奪われてもたましいが解放されている仲間たちが、彼女といっしょに神を賛美しました。