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理解できないとき

息子が中国語の授業を受けることになりました。授業の初日、持ち帰った教材を見て、びっくりしました。英語を母国語とする私にとって、漢字と音声の関連が理解できません。この言語は非常に複雑で、難解だと感じました。

答えは明らか

神より偉大で悪魔よりも邪悪なもの。貧乏人は持っている。金持ちにはない。もしそれを食べると死んでしまう…。こんななぞなぞに当惑し、あれこれ考えすぎて、「そんなものは無い」という当然の答えを外してしまいました。

キリスト者という名

世界初の看護学校が、1860年7月にロンドンのセント・トーマス病院で開校しました。現在、その学校はキングス・カレッジの一部で、看護学生たちは「ナイチンゲール」と呼ばれています。創立者フローレンス・ナイチンゲールは、クリミア戦争の際、看護の仕事に革新をもたらし、現代の看護学の基礎を築きました。学生たちは卒業時に「ナイチンゲール誓詞」を唱和します。それは、ナイチンゲールの功績が、今日も影響を与えている証です。

嵐を静める

ハリケーン・カトリーナがミシシッピー州の沿岸に迫ってきたとき、ある引退牧師は夫婦で避難場所に向かいました。アトランタの娘のところに行くように勧められたのですが、銀行が閉まっていて旅費を引き出せなかったのです。やがてハリケーンが去り、自宅に身の回りの品を取りに行くと、家は壊れ、父親の写真の入った写真立てが水に浮いていました。牧師がその写真を乾かそうと取り出したところ、366ドル分の紙幣がいっしょに出てきました。ふたり分のアトランタ行き航空券の代金と同額でした。どんなときでも、イエスに頼ることができると学んだ出来事でした。

力を与える賛美

ジョン・フィリップ・スーザは「マーチ王」と呼ばれます。軍楽隊の指揮者であり作曲家で、その作品は、100年以上にわたって世界各地の軍楽隊で演奏されてきました。バージニア・グランド・ミリタリー・バンドの指揮者で音楽史家でもあるローラス・ジョン・シッセルは、交響曲といえばベートーベンというように、行進曲といえばスーザだと評しています。スーザは、音楽には人をやる気にさせ、励まし、奮い立たせる力があると考えていました。

シマリスの叫び

庭に防草ネットを敷いて、その上に玉砂利を敷き詰めようとしていると、シマリスがネットに引っかかっているのに気づきました。私は手袋をはめて、用心しながらハサミで周りの網の目を切り出しましたが、シマリスは私を歓迎しません。後ろ足を蹴り上げたり、噛みつこうとしたりします。私はやさしく、「大丈夫だから、じっとしていて」と言いましたが、まったく通じません。恐れて、暴れるばかりでした。そして、からみついていた最後の網目が切れると、一目散に逃げて行きました。

泥にはまる

両親の墓に花をたむけに行ったとき、夫は、他の車が通れるように路肩に乗り上げて駐車しました。最近、長雨がつづき、そのあたりはぬかるんでいたのですが、帰ろうとして驚きました。タイヤが泥にはまって動けません。エンジンを吹かせば吹かすほど、車輪はどんどん泥に沈んでいきました。車を押す人が必要でした。しかし、夫は肩を痛めていたし、私は退院したばかりでした。離れたところに若者がふたりいるのが見えたので、私は必死で手を振り叫ぶと、彼らは、すぐに来てくれました。そして感謝なことに、力を合わせて、車を道に戻してくれました。

知恵を求める人

大学では、勉学を終えて学位を修得した学生のために、毎年、卒業式を行います。卒業証書を受け取って壇上を降りる卒業生を待っているのは、生易しい社会ではありません。学問だけでは不十分です。人生の成功は、学んだことを賢く適用できるか否かにかかっています。

傷心からの再出発

クロアチアの首都ザグレブにある「失恋博物館」には、世界各地から匿名で寄贈された失恋の品が陳列されています。自分を捨てた恋人の家具を壊したときに使った斧があります。ぬいぐるみ、割れた額縁に入ったラブレター、ウェディングドレスなど、心の痛みを切々と伝えるものばかりです。自分の痛手を思い出して涙しながら去る人がいる一方で、決して裏切らないと、抱き合って互いに誓うカップルもいます。