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世代の交流

環境活動家の青年ジャック・ワインバーグは、1964年、30歳以上の人間は信用するなと言いましたが、その発言で特定の世代を画一化してしまい、禍根を残しました。後年、「思いつきで放った言葉は、完全に歪められ、誤解されました」と語っています。

勇士

ディート・エマンはドイツ軍が1940年にオランダに侵攻するまでは、家族や友人と楽しく過ごし、仕事をしたり、恋をしたりという普通の女性でした。彼女は「危険が戸口まで迫ってきたら、人はダチョウのように砂の中に頭を埋めたくなるものです」と語っていますが、実際は、ナチスに抵抗するように神に命じられたと感じて行動しました。それは、命の危険を冒してもユダヤ人や他の抑圧された人々の隠れ家を探すことでした。この年若い内気な女性は、神の勇士となったのです。

仕えるために生きる

豪華なお絵描きセットをもらった10歳のチェルシーは、悲しい時に絵を描くと慰められると気付きました。そして、お絵描きの道具を買えない子もいると知ると、彼らを助けようと動きました。彼女の誕生日会にはプレゼントではなく、貧しい子どもたちに寄付する絵の道具を持ってきて、と頼みました。

犠牲を払うとき

コロナ禍の初期、2020年2月の新聞のコラムにドキッとしました。あなたは赤の他人が病気にならないために、自ら進んで生活様式を変え、旅行や外食、ショッピングを自粛しますかと問いかけ、「これは単なる医療の問題ではなく、自分のことより他人のことを優先できるかという問題だ」と述べていました。突然、美徳というものが紙面を飾ったのです。

神の印影が入った命令書

アグネスは牧師と結婚し、6年間、義母(牧師の妻)を模範に、完璧な牧師夫人になろうと努めました。また、牧師夫人なのだからと、作家や画家の活動は自粛しましたが、豊かな創造性を押し殺すことで、うつになり、自殺願望が芽生えました。近所の教会の牧師が手を差し伸べ、共に祈り、毎朝、2時間は文章を書くように促しました。それは「神の印影が入った命令書」を受け取ったようだったと、彼女は語ります。「私が私であるためには、神から与えられた創造性が、流れ出す水路が必要でした」と述べています。

知恵が必要

母子家庭で育ったロブは、父親が我が子に伝授する実践的な知識に欠けていました。自分と同じ損失を誰にもこうむって欲しくないと考え、棚の作り方やタイヤ交換などさまざまなことを動画で教える「パパ、どうやるの?」というチャンネルを作りました。その温かく思いやり豊かな態度が受けて、ロブのYouTubeチャンネルは、数百万人のフォロワーを集めています。

すべての良きこと

金曜日の夕方に家族で見るニュース番組は、明るい話題で締めくくられます。例えば、新型コロナウィルスに罹患したレポーターが完全に回復し、他の患者の治療のために、血しょう成分献血を行った話題です。当時は、抗体の効果について結論が出る前で、多くの人が無力感に襲われていました。しかし、彼女は「可能性が無い訳ではないのだから、献血の痛みは大した犠牲じゃない」と思ったそうです。

私を遣わしてください

スウェーデン人のエリック・ルンドは、1890年代後半、神の召しと感じて、スペイン宣教に赴きましたが、その成果は乏しいものでした。しかし、ある日、ブラウリオ・マニカンというフィリピン人に出会い、福音を伝えました。やがて、ふたりはフィリピンの言語に聖書を翻訳し、バプテスト教会の拠点を設立しました。ルンドが、神の召しに応答したおかげで、多くのフィリピン人がイエスを知ったのです。

生きて働く信仰

サムの父親は軍事クーデターのために亡命を余儀なくされました。収入が突然絶たれ、病気の弟の薬代に困り、私たちが何をしたというのか、と、憤まんやるかたない気持ちでした。彼らの苦境を聞いたクリスチャンが、自分の払える範囲で薬を買って届けました。家族は見知らぬ人の親切に感動しました。母親は、「今度の日曜日、家族でこの人の教会に行きましょう」と言い、サムの怒りも徐々に収まりました。そして、家族がひとり、またひとりとイエスを信じたのです。