キリストに根を張る
有名な牧師のアンドリュー・マーレー(1828-1917)は、故郷の南アフリカではオレンジの木が病気になると言いました。素人目には分かりませんが、樹木医ならば木が枯れる前兆の腐れを見つけることができます。病気の木を救うには、幹と枝を根から切り離し、新しい木に接ぎ木するしかありません。そうすれば、幹や枝は成長し実をつけることができます。
神を真に信頼する
保護猫を引き取った人の話です。猫がお腹を空かせているようなので、水とキャットフードをキッチンに用意し、その場所まで連れていこうとしました。やせ細った猫は、最初のうちついていきましたが、途中で立ち止まり、それ以上動こうとしません。その人を信用してついていけば、食べ物が待っているというのに。
絶望か希望か
ある夜、救急診療に連れて行くことを考えるほど、息子が花粉症で苦しみました。私たちはやっと親族の深刻な病気の心配から解放されたばかりです。私は気落ちして、祈る気にもなれません。しかし夫は、これまでの神の助けを思い起こして奮起し、善処できるように祈りました。すると間もなく、薬が効いて息子の症状が改善しました。
神の愛は尽きない
高齢で病気の父親を在宅介護することになり、ジョシーの生活は激変しました。また父の薬は高額でした。フルタイムで働きながらの介護、病状の悪化に伴う数々の決断に、彼女は疲弊していきました。「どうすれば体力と知恵、周りの支援、そして父に対する愛を絞り出せるのだろう」と思いました。
主の愛で愛す
ナチス占領下のフランス、ル・シャンボンで、5千に上る人命が、住民の努力で守られました。救われた人の中には多くのユダヤ人の子どもがいました。町の人たちが、故郷を追われた人たちを自宅や農場にかくまったのです。アンドレ・トロクメ牧師は、教会の人たちに「あなたたちは寄留者を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で寄留者であった」(申10:19)という御言葉を語り、逃げて来た人たちを助けるように促しました。それを聞いた町の人たちも、牧師の主張に共感して協力したのです。
文句ではなくお願いを
アレックスが高額な歯の治療費のために祈っていると、予想に反して保険でカバーされると告げられました。しかし、保険外の治療も必要で、その費用の捻出は困難です。彼はその状況にやり場のない怒りを感じました。ところが、請求書の支払期限の日、親戚から突然、現金書留が届きました。アレックスは自分を恥じたと言います。「保険でカバーされた時、神の介入を体験したはずでした。文句を言わずに、神に助けを求めて祈るべきでした」
神が形造る
ダン・レスは年季の入った陶芸家です。彼が賞を取った作品は、在住するルーマニアの町から着想を得たものです。父から陶芸を学び、自分の作品について次のように述べています。「土は1年間寝かせ、雨にさらし、凍らせ、溶かします。そうすると、土が私に耳を傾けていると手で感じることができ、作品が出来上がるのです」
進むべき道
スコットとブリーは、聖書の教えに背く生き方を選択した家族や友人に、どのように関わればよいだろうかと悩みました。しかし、聖書を学び祈るうちに、方向性が見えてきました。彼らはまず、その人たちをより強く愛しました。次に、神のご配慮によって彼らに与えられている長所を率直に伝えました。最後に、聖書の教えに沿って優しい気持ちで付き合いたいと伝えました。二人は、キリストの愛を注ぎ続け、時とともに、家族や友人たちと強い信頼関係が築かれました。
流れのほとりに植えられた
ビルは退職した高齢の男性で一人暮らしをしており、最近、車の免許を返納しました。食料品や薬などを買うときや日曜日の礼拝に行くときは、誰かに送迎してもらわなくてはなりません。しかし彼はこう言います。「家で過ごすのは悪くないよ。ネットで無料の賛美歌を聴いたり、バイブル・スタディをしたり、一日中楽しんでいる」。彼の日々は、神のみことば、祈り、賛美に包まれています。