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驚くべき愛

友人のダヴィディーンは、夫を亡くして初めてのクリスマスが近づいたとき、私たちに手紙をくれました。その中に、イエスがお生まれになった日の天国を想像した一文がありました。「いつかその日が来ると、神は覚悟されていたでしょう。三位一体のお方なのに、私たちのためにバラバラになることを承諾されたのです。天の御子は天からいなくなり、天国はひっそりしました。」

パクス・ロマーナ

戦争の痛みを償える人はいません。それなのに、あるウェブサイトによると、現在、64カ国で何らかの武力衝突が起こっているといいます。それは、いつ、どのように終わるのでしょう。私たちは平和を望みます。しかし、正義を犠牲にした平和では困ります。

最終節

アメリカの詩人ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローは1861年の夏、妻フランシスを大やけどで亡くしました。その年のクリスマス、彼は日記に「この時期は言葉にできないほど悲しい」と記し、翌年には「メリークリスマスと子どもたちは言うけれど、そういう気にはなれない」と記しました。南北戦争が長引いていた1863年、息子は彼の意に反して戦地に赴き、重傷を負いました。その年のクリスマス、教会の鐘が鳴り、辛い日の訪れを告げました。ロングフェローはペンを取り、「クリスマスの日、私は鐘の音を聞いた」と詩を書き始めました。

闇の中で手を伸ばす

わが家の愛犬はこの13年間、毎晩、私たちのベッドの下で丸くなって寝ています。

クリスマスの安息

少年のころ、家計を助けるために新聞配達をしていました。朝6時までに朝刊を140軒に届けなければならず、毎朝3時に起床しました。週7日、休みは一日もありませんでした。しかし、一日だけ、特別な日がありました。クリスマスです。クリスマスの朝刊はクリスマス・イブに配達するので、その朝だけは、みんなと同じようにゆっくり休むことができました。

主の尊い御名

英語圏では、神を意味する「ゴッド」という言葉が、感嘆符のようにみだりに使われることがあります。ですから、十戒の第三番目、「あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない」(出20:7)は、そういう行為を戒めているだけだと思われがちです。しかし先日、尊敬するクリスチャンの友人と話をして、もっと深く考えるべきだと教えられました。

神を祝おう

ガーナのアサモア・ギャンは、2014年ワールド・カップの対ドイツ戦でゴールし、チームメイトとダンスをしました。その数分後、ドイツのミロスラフ・クローゼは、ゴールを決めて前方宙返りをしました。「ゴールパフォーマンスには大きなアピール力があります。なぜなら、それは選手の情熱や性格、価値観を示しているからです」と語るのは、2002年のワールド・カップでゴールを決めた、アメリカ代表のクリント・マディスです。

完璧への道

クリスマスは完璧を求める気持ちが大きくなるときです。私たちは、最高のクリスマスを実現するために食事の献立を考え、プレゼントやカードを選び、メッセージを添えて送ります。しかし、まごころを込めたプレゼントに「ありがとう」の一言もなかったり、クリスマス料理がうまくできなかったり、カードを送ったあとで文字の間違いに気づいたり、パーティの最中に子どもたちがおもちゃの取り合いをしたり、家族が昔のことをむし返して口論したらどうでしょう。あまりにも完璧を思い描きすぎて、それを実現できないと、頑張りの終着点は失望です。

神に飢える

アポラピは中国雲南省山岳地帯に暮らす、アカ族の長老のひとりです。私たちは伝道旅行で彼に会ったのですが、大雨のせいで週一回のバイブルスタディを欠席したと言い、「神のみことばを分かち合ってください」と懇願されました。