彼女の決心
友人が突然、夫を心筋梗塞で亡くしました。彼女はカウンセラーとして多くの人を慰めてきましたが、結婚して40年経った今、仕事が終わって誰もいない家に帰るという痛みと向き合わなくてはなりません。彼女は悲しみの中で、「心の打ち砕かれた者の近くにおられる」お方にすがりました。そして、辛い日々を神と歩む中で、「寡婦」であることに胸を張ろうと決心したと言います。なぜなら、その境遇は神が彼女に与えられたからです。
悲しみ工場
私は長年アメリカンフットボールのクリーブランド・ブラウンズのファンなので、がっかりさせられる経験は十分してきました。我がチームは全32チーム中、スーパーボウルに出場したことのない4チームのうちのひとつです。負けてばかりのチームをなお応援しつづけるファンは、ホームスタジアムのことを「悲しみ工場」と呼ぶようになりました。
ティッシュの箱
手術室の待合に座って思い巡らしていました。ほんの少し前ここに来たときは、たったひとりの弟が脳死だと言われました。そして今日、妻が手術を受けているのです。私は知らせを待ちながら、妻に長い手紙を書きました。周囲はざわざわしていましたが、神の静かな声を聞こうと、私は耳を澄ませていました。
太陽の暖かさ
アメリカで1961年に結成されたロックバンド「ビーチボーイズ」のメンバー、ブライアン・ウィルソンとマイク・ラブは、1963年11月のある日、アップビートで典型的な「ビーチボーイズ」の曲とは全く違った雰囲気の曲を作りました。それは、失ってしまった愛を悼む曲でした。後日、マイクは次のように語りました。「あのような喪失はとても辛いけれど、良いこともあります。それは、愛したという経験が、まずあったということです。」彼らはその曲に「太陽の暖かさ」という題をつけました。
悲嘆と希望
アメリカのカントリー歌手、ジョージ・ジョーンズが81歳で亡くなったとき、ファンは彼の素晴らしい歌声や波乱に満ちた人生に思いを馳せました。その曲の大半には、ジョーンズ自身の切なさやあこがれが映し出されていましたが、それ以上に人を感動させたのは、彼の歌い方でした。シカゴ・トリビューン紙の音楽批評家グレッグ・コットは、「ジョーンズの歌声は、心の痛みを伝えるために造られた」と語りました。
神は気にかけてくださるか
レイシー夫妻は大きな問題を突き付けられ悩んでいました。「イエスだけで十分なのだろうか。イエスとの絆だけでやっていけるのだろうか。神は私たちのことを思ってくださっているのだろうか。前向きに生きていこうとするに十分なお方なのだろうか。」
ふたりの人
私が住んでいる町で、同じ日にふたりの人が殺されました。ひとりは警察官で、ある家族を助けようとして撃たれました。もうひとりはホームレスの男性で、その日の早い時間、友人たちと飲んでいるところを撃たれました。
そばにいる
コネチカット州の小学校で、20人の児童と6人の教職員が犠牲となる殺傷事件が起こり、国中を震撼させました。事件のことが人々の頭から離れず、さまざまな問いが脳裏を駆け巡りました。どんな人物が、どんな理由で…同様の事件が繰り返されないためにはどうしたらいいか…事件に巻き込まれながらも生き残った人たちのケアは…。このような混乱の中、ある異色の一団が訪れて、光明を灯してくれました。それは、シカゴからやってきた犬たちです。
存在という贈り物
ある会社の人事部長になって間もない頃のことです。ひとりのベテラン社員が亡くなりました。私は彼と面識はなかったのですが、葬儀に出席し、遺族を訪問しました。亡くなった人はレンガ職人で同僚から慕われていましたが、夫人のところを訪ねた人はわずかでした。家族を亡くして辛い人に何と言ったらよいか分からないから、みんないたたまれないのだと、誰かが彼女を慰めていました。