神の内に安らかに住まう
子どもたちが中学に入ったとき、それぞれに手紙を書きました。自分で自分のことがよく分からず不安だった、あの年頃の自分の経験を思い出し「キリストにある私」ということについて書きました。当時の私は、自分が神の愛する神の子どもである、と納得する必要がありました。私は「自分がどういう存在かという認識は、結局のところ、自分は誰のものなのかという認識なのです」と記しました。自分は、神に造られたことを理解し、神に献身的に従っていこうと決心するとき、私たちは自分のあるべき姿を安んじて受け入れることができます。
聖霊の助け
学生時代、友人たちと大学の講義を時々サボりましたが、期末試験の1週間前のクリス教授の講義には、学生全員が出席していました。試験問題の大きなヒントを出してくれるからです。
祈りの人
祖父はよく祈る信仰の人でしたが、初めて「今日から神に食前の感謝の祈りをささげる」と言ったときのことを叔母が覚えていました。流暢な祈りではなかったそうです。しかし、50年間、祈りつつ1日を過ごす習慣をつづけました。祖父が亡くなったとき、夫は「おじいさんは祈りの人でした」と言って「祈りの手」と呼ばれる植物(ギボウシ) を祖母に贈りました。日々神に従い、神と話す、という祖父の決断は、彼を主の忠実なしもべに成長させました。
何も持たずに
ロバートは友人と朝食に行って財布を忘れたことに気付きました。恥ずかしくて、食べずに我慢しようかと悩みました。しかし、友人の説得を受け入れて食事を楽しみ、友人は喜んで代金を払ってくれました。
大きな物語
クラフトのパーツとして破片を注文したはずなのに、届いた箱には、無傷のステンドグラスが入っていました。調べてみると、それは第二次世界大戦の爆撃を避けるために撤去された教会の窓だと分かりました。注文主のコリンは、その質の高さに驚きました。一つひとつの断片は、美しい絵を形成していました。
私を作り変える
壁紙のリフォームを始めた途端、新型コロナウィルス感染症予防のために、ホームセンターに営業自粛が要請されると聞きました。私はすぐさま店に駆けつけて、必要なものを買い揃えました。中途半端な装備ではリフォームはできないからです。
個人伝道
ドワイト・ムーディー(1837年-1899年)はキリストを信じてすぐ、福音を毎日、少なくともひとりには伝えようと決心しましたが、忙しくて、忘れることもありました。ある夜、寝床に入ってから思い出し、家を出ましたが、土砂降りの雨でした。こんな夜は誰にも会えないと思っていると、夜道を歩いてくる人がいます。彼は駆けて行って、傘に入れてほしいと頼みました。どうぞと言われると、「嵐のときの避難所はお持ちですか。イエスのことを話してもいいですか」と尋ねました。ムーディは、即座に伝道することを実践したのです。
あわれみと恵み
大きなひまわりが1本だけ、国道の追い越し車線のすぐ脇にぽつんと咲いていました。横を通り過ぎながら、周囲に同じ花は見当たらないのに、どこから来て咲いているのだろうと不思議でした。中央分離帯の砂利の中でも育つ丈夫な植物を造られたのは神なのです。その花は、そよ風に揺られて、旅を急ぐ人々に明るく元気に挨拶していました。
福音の力
古代ローマには固有の「福音」がありました。詩人ウェルギリウスによると、神々の王ゼウスは、ローマに無限の王国を付与したといいます。神々は、平和と繁栄を築いたアウグストゥスを、神の子、世界の救い主に選んだと。しかし、多くの人にとって、これは「福音」、すなわち良い知らせではありませんでした。むしろ、帝国の軍隊と役人たちの圧制という悲惨な現実でした。帝国の栄光は、支配者の身勝手によって土地を奪われ、人権を踏みにじられ、隷属させられた人々の犠牲の上に立脚していました。