イエスを伝える
フィリピンのバンワオン族は、ミンダナオ島の山奥でひっそり暮らしていました。物資の調達には危険な山道を2日間歩かなければならず、外部との接触は限られていました。しかし、キリスト教団体が、ヘリコプターという交通手段を提供すると、人々は、必需品、医療支援、そして広い世界へのアクセスを手に入れました。また、イエスを知ることもできました。今日、彼らは、部族の伝統的な音楽に歌詞をつけ、土地の霊ではなく、唯一真の神を賛美しています。飛行という交通手段の提供は、福音を伝える重要な橋渡しになりました。
鐘を鳴らせ
ダーラは、30クールの放射線治療の後の検査で、がんは消滅していると言われました。それで、「解放の鐘」を鳴らしたくてうずうずしていました。治療が終了し、健康になったことを祝って鳴らす、この病院の伝統、「解放の鐘」です。彼女は、この祝賀セレモニーが本当に嬉しく、興奮しすぎて、ベルからロープが外れたほどでした。明るい笑い声がホールに響きました。
感謝の季節
リサは、秋の街は死を連想させるような暗くて陰惨な飾りが多くて嫌だと思いました。何とかしたくて、ささやかな抵抗を決行しました。手始めは、大きなかぼちゃに感謝している事柄を油性マジックで書くことです。一つ目は「おひさま」です。家を訪ねて来た人たちが、それにつづきました。「落書き」などと妙なことを書く人もあれば、「暖かい家」とか「故障していない車」など現実的な人、亡くなった家族の名前を書いて感傷的になる人もいました。かぼちゃの周りは温かい空気に包まれていました。
神の召し
ケイシーは不良少年のリーダーで空き巣や車上荒らし、コンビニ強盗、グループ間の抗争に仲間と共に明け暮れました。逮捕され、服役中も、囚人のボス的存在で問題を起こしました。そして独居房に入れられ、ぼんやりしていた時のことです。自分の人生の出来事が、走馬灯のように脳裏を駆け巡り、十字架に釘付けになったイエスが、彼に話しかけました。「これは君のためだ」。ケイシーは泣き崩れて回心しました。彼がこの経験を刑務所のチャプレンに話すと、チャプレンはイエスについてもっと教えてくれ、聖書もプレゼントしてくれました。
あなたの故に神は歌う
長男が誕生して17か月が過ぎ、娘もできました。私は大喜びでしたが、少し不安もありました。男の子のことは多少知っていますが、女の子のことは未知の領域ですから。娘をサラと名付け、妻を休ませるために、彼女を寝かしつける役目を買って出ました。私の子守歌は、なぜか「ユー・アー・マイ・サンシャイン」になりました。娘を腕に抱き、時にはベッドを揺らしながら、彼女のために歌いました。すべてが愛しい時間でした。娘はすでに大人ですが、私は今でも彼女を「サンシャイン」と呼びます。
神は聞いてくださる?
教会で祈りのカードに記された内容を祈るという奉仕をしていたことがあります。その多くは匿名で、結果について知る術はありません。正直なところ、私が祈って何かが変わるだろうかと自問する時もありました。そういう疑問を持ったことがある人は多いでしょう。私も旧約聖書のハンナのように、子どもが欲しくて長年祈りましたし、父の救いもずっと祈りましたが、父は確かな信仰告白をしないまま亡くなりました。
苦難の目的
ある教会に招かれて礼拝メッセージを取り次いだ後、ひとりの女性の言葉にあぜんとしました。「先生の話によれば、私は悪くないのですか。持病のために祈り、断食し、罪を告白し、言われたことはすべてやったつもりです。でも癒やされなかったので、自分のせいだと思っていました」。私は悲しくなりました。この人は、問題の解決に対する信仰の処方箋を与えられ、それが功を奏しないのは自分のせいだと自分を責めてきました。それが間違っていることは大昔に証明されているのに、です。
神の選び
三輪タクシーの「トゥクトゥク」は便利な移動手段としてスリランカの人々に親しまれていますが、コロンボに住むロレインは、そこは宣教の場だと感じました。ある日のトゥクトゥクの運転手は、信仰について喜んで語り合う人でした。そこで、次回は福音を伝えようと心に決めました。
試練
標高4,200メートルを超えるコロラド・フォーティナーに初挑戦する息子たちは不安でした。最後まで頑張れるでしょうか。末の子は地面に座り込んで「パパ、もう限界」と何度も訴えました。しかし、私はこの試練は彼らのためだと信じました。父を信じてほしいとも思いました。もう無理だと訴えていた息子は、頂上手前で元気を取り戻し、私たちを追い抜いて一番乗りで登頂しました。不安でも父を信じて正解だったのです。