肩に置かれた手
コリンはキリスト教を敵視する地域で援助活動をするチームに加わる準備をしていましたが、次第に不安と緊張が高まってきました。チームメイトに打ち明けると、彼は仕事の手を止め、コリンの肩に手を置 き、励ましの言葉をかけました。当時を振り返り、あの手のぬくもりが ターニングポイントだったと彼は言います。神がともにいてくださるという単純な真理をしっかり確認したのです。
これが私
ミュージカル映画「グレイテスト・ショーマン」の劇中歌「ディス・イズ・ミー」(これが私)は迫力ある歌です。これを歌う人物は、社会の「普通」から外れていたために、言葉の暴力やいじめに苦しみました。彼女は、言葉は心を傷つける弾丸やナイフのようだと歌います。この歌の人気は、どれほど多くの人が、言葉という武器で心を傷つけられたかを示唆しています。
ヤコブは、言葉の潜在的な危険性を理解し、それは「少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちています」(ヤコ3:8)と語りました。驚くような強い表現ですが、言葉の持つ危険な力に早く気づくべきだと考えて、このように述べたのでしょう。また、神をほめたたえたその口で、次の瞬間には、神にかたどって造られた人を傷つけるという矛盾も指摘しています(9-10節)。
前述の「ディス・イズ・ミー」も言葉の暴力を非難し、私たちはみな素晴らしいと訴えます。聖書も各々に尊厳と美があると語ります。それは姿かたちや、何ができるかではありません。一人ひとりが神の傑作だからです(詩139:14)。私たちの互いに対する言葉は、その真理を明らかにする力があります。
足に良い知らせ
靴下屋の宣伝ににっこりしました。「足の歴史上、最も履き心地のいい靴下」とあり、さらに良い知らせを告げています。このメーカーは、ソックスが一足売れるごとに、もう一足を、ホームレスの保護施設に寄付するというのです。靴下はホームレスの保護施設で最も必要とされるアイテムのひとつだからだそうです。
愛の晩餐会
デンマーク映画「バベットの晩餐会」は、フランスから海沿いのある 村へ亡命してきた女性が、14年間家政婦として働いた宗教指導者の家で、晩餐会の料理を作る話です。バベットは大金が手に入ったと 言って豪華な食材を取り寄せ、フランス料理を村の宗教指導者である姉妹と教会の12人に振舞うのです。
下ではない
第一次世界大戦の終結後、米国のウィルソン大統領は、地上最強の指導者のひとりになりました。しかし、1919年に脳梗塞を発症した後は、妻エディスが、ほぼすべての職務を担い、大統領の判断を仰ぐべき事柄を選んでいたことは、あまり知られていません。しばらくの間、実質的な大統領だったのは、エディス・ウィルソンだと、現代の歴史家たちは確信しています。
鋼とベルベット
アメリカの詩人で作家のカール・サンドバーグは、リンカーン大統領の伝記を書きましたが、そこには「鋼とベルベットを兼ね備えた人物、…ひどい嵐と言葉を超えた完全な平安の両者を持ち合わせた人物は、地上にはめったに現れない」と書かれています。これは、リンカーンが、大統領の強大な権力と自由を求める人々に対するあわれみを兼ね備えていたことを表しています。
賛美するとき
家の庭で遊んでいた9歳の男の子ウィリーは、2014年、車に連れ込まれ誘拐されましたが、車中で大好きなゴスペル「エブリイプレイズ」を歌い続けました。犯人は何度も黙るように言いましたが、ウィ リーはそれを無視して歌い続けました。ついに3時間後、犯人は彼を無傷で解放しました。後日、ウィリーは、初めは怖かったけど、恐れが信仰に変わって行き、犯人は賛美にイライラしているみたいだったと語りました。
真理は苦いか甘いか
鼻にしみができて一年近くたって医者に行きました。生体検査の結果が数日後に出ましたが、皮膚がんでした。手術は可能で、生命の危険はないと言われましたが、苦汁をなめる思いでした。
落ち着いた生活をする
子ども時代に「大きくなったら何になりたい?」と聞かれたことがあるでしょう。大人にさえ質問するかもしれません。好奇心から聞くのですが、その答えで野心的かどうかを計られることが少なくありません。私の場合はカウボーイから始まって、トラックの運転手、軍人と変わり、大学では医者を志しました。「落ち着いた生活」を目指したことは別段ありません。ところが使徒パウロは、テサロニケの教会の人々にそれが大切だと説きました。