効果音の技師
昔の映画の音響技師は、劇中の効果音を工夫しました。皮袋にコーンスターチをつめてぎゅっと握ると、雪を踏みしめるような音がします。一対の手袋を振ると、鳥の翼が羽ばたいているように聞こえます。細い棒を振ると、ヒューッという音が出ます。音響技師は、あらゆる独創的な工夫によって効果音を作り、映画にリアリティーを持たせようとします。
確かな選択
父は先祖を拝む文化の中でイエスを信じた人でしたが、90歳になって人生の最後を迎えたとき、次のように言いました。「私の死後、教会の葬儀以外のことはしないでくれ。どんな供養もダメだ。私の命はイエス・キリストの御手の中にあったし、私の死もまたそうだから。」
神の時刻は完璧
私はときとぎ、ふたりの年配女性を訪問します。ひとりはお金の心配がなく、若々しく健康で、自分の持ち家に住んでいます。そして、何かと否定的なことを言います。もうひとりは関節炎のために身体が不自由で、物忘れをしがちです。簡素な借家に住み、予約や予定を忘れないようにメモが欠かせません。ところが、自分を訪ねてくる人に対する第一声はいつも、「神さまは、私に本当に良くしてくださるのよ!」です。最近訪ねたとき、彼女のメモには、「明日は外でランチ素晴らしい!また幸せな一日!」と書いてありました。
ただ信頼する
むかし、幼い息子たちを医者に連れていくのは、ちょっとした体験でした。待合室にはおもちゃがいっぱいあって、子どもが遊べるようになっていました。また子ども用の本もたくさんあって、読んでやることもできました。ですから、そこまでは大丈夫です。しかし、診察室に行こうと子どもを抱き上げた途端、事態は急変します。看護師が注射器を持って近づいてくると、それまでの楽しさは恐ろしさに変貌します。看護師がそばに来ると、子どもは私の首にぎゅっとしがみつきました。助けを求めてしがみつくのは、注射が自分のためになると知らなかったからです。
御子の光の反射鏡
ノルウェーの小さな村リューカンは住み心地の良いところですが、冬の暗さだけが問題です。ここは高くそびえるガウスタトッペン山の裾野で谷間になっているので、一年のほぼ半分は太陽光が直接差し込みません。住民たちは長年、山頂に鏡を設置して太陽の光を反射させられないだろうかと考えてきました。最近まで実現不可能だった構想ですが、地元のアーティストが2005年に「ミラープロジェクト」を開始し、その案を実現に導ける人々を集め出しました。そして8年後、2013年10月に鏡が設置されたのです。住民たちは、太陽の反射光を浴びるために町役場前の広場に集まりました。
信仰の家族
私たちの教会には1980年代、独身の人が集う「聖書の学び会」がありましたが、そこに集う人たちは、家族のように助け合っていました。離婚や死別でひとりになった人たちは、誕生日や連休を寂しく過ごさなくてよくなりました。信仰と友情があいまって、互いをずっと支えあう信頼関係が培われたのです。30年前、逆境の中で築かれたこの絆は、今も彼らやその家族と共にあり、豊かに実を結んでいます。
正義とあわれみ
被告人は裁判長の前に立ち、自分の運命をゆだねます。罪を犯していないなら、裁判所は避け所になります。罪を犯しているなら、処罰が言い渡されます。
希望をもたらす贈り物
巨大台風が、2013年にフィリピンのタクロバンを襲い、推定で1万人が亡くなりました。そして生存者の多くは、家や仕事を失いました。物資も乏しく、3か月が経っても復旧はままならない状況でした。そのような時、またも暴風雨がやってきましたが、その中で赤ちゃんが生まれました。悪天候は台風の辛い記憶を呼び起こしましたが、近所の人たちは協力し合って助産師を探し、母親と赤ん坊を診療所に連れていきました。その赤ちゃんは回復してすくすく育ち、住民の苦難の中で希望のシンボルとなりました。
将来の住まい
さまざまな時、出来事、そして、人が織りなすタペストリー。それが「住まい」です。それは、単なる家屋ではありません。可能な限りの無条件の愛を育みながら、生きがいや帰属意識の持てる安らぎの場所、すなわち心のふるさとです。それは、心の奥深くにある記憶を呼び起こします。仮に完全なものでなかったとしても、「住まい」の力はドラマチックです。