見えない世界
あなたの片手についている細菌の数は、世界の人口より多いことを知っていますか。また、数百万の細菌は、針の穴ほどのスペースに収まることを知っていますか。細菌は、顕微鏡を使わなければ見えないほど小さいものですが、空中や地中、水中のみならず、私たちの体内にも生息しています。私たちは通常、その存在を感じませんが、人と細菌は、互いに常に影響し合っています。
著者に尋ねよ
もう何年も、いくつかの読書会に属しています。読書会とは普通、数人の仲間で1冊の本を読み、読み終わると集まって著者が何を言おうとしているかを論議するというものです。そこでは、誰かが問題提起したけれど、答えは誰にも分からない、ということが当然起こります。すると、別の誰かが「著者に聞けたらなぁ」と言います。ところが、最近のニューヨークではそれが可能です。高額な謝礼と引き換えに、読書会に参加する作家がいます。
神に近づく
神に引き寄せられるほど、自分の罪がより大きく感じられて、思い悩んだ時期がありました。そんなとき、目からうろこの出来事がありました。窓に掛けているカーテンの隙間から部屋に光が差し込んでいたのですが、その光線の中にほこりが浮遊していました。もし光が差し込んでいなかったら見えなくて、自分の部屋はきれいだと思っていたでしょう。しかし、光によって、部屋にはほこりがあると分かりました。
重荷を背負う
海軍の歴史にとって暗い出来事が、1628年8月10日に起こりました。その日、スウェーデン王国の軍艦ヴァーサ号が処女航海に出航しました。竣工までに2年を要し、豪華な内装と64の大砲を持つ軍艦は、スウェーデン海軍の誇りでした。しかし、出航してまもなく沈没してしまったのです。何が起こったのでしょう。実は、船が重すぎて航行に適さなくなっていました。過剰な重量が、ヴァーサ号を海の底に沈めてしまいました。
誰の願い?
中華系の人たちは、旧正月を祝うとき、「万事があなたの願い通りになりますように」と挨拶を交わします。そうなったら素晴らしいのかもしれませんが、私の願いではなく、神のみこころがなされるなら、そのほうが最善だといえるでしょう。
鏡よ鏡!
自分の姿をどれくらい鏡に映して見ますか。あるリサーチによると、一日平均8回から10回程度だそうです。しかし、別の調査では、店のショーウインドーやスマートフォンに映る姿をちらりと見ることも含めると、一日に60回から70回にもなるといいます。
橋を架ける
ジェームズ・ミッチェナー著「センテニアル―遥かなる西部」は、アメリカの西部開拓時代を舞台にした小説です。パスキネルという名前のフランス系カナダ人の商人の目線で、大平原のアラバホ族とセントルイス市のヨーロッパ系住民たちの物語が展開します。パスキネルは無骨な冒険家ですが、ますます混迷する都市と広々とした大平原の間を行き来しながら、ふたつの大きく異なる世界の架け橋になっていきます。
御しがたきを制する
人間はベトナムのミニブタからシベリアキツネにいたるまで色々な野生動物を飼いならすことに成功してきました。テレビコマーシャルで猿に「演技」をさせたり、野生の鹿を訓練して、人間の手から直接餌を食べるようにしたりしました。使徒ヤコブは「どのような種類の獣も鳥も、はうものも海の生き物も、人類によって制せられるし、すでに制せられています」と語ります(ヤコ3:7)。
その子をわたしのところに
マークが「神さまを信じていないから教会には行かない」と言い出しました。彼は、無邪気な少年から不機嫌で反抗的な青年に変わってしまいました。それからというもの、マークの両親にとって人生は戦場となり、日曜日は重苦しい日になりました。ついにどうして良いか分からなくなり、カウンセラーに相談しました。すると、こう言われました。「マークは自分で信仰の旅路を歩まなければなりません。親が子を御国に強制入国させることはできません。神に働いていただく余地を作りましょう。祈りつづけてください。そして、待ちましょう。」