Category  |  人に対する愛

思いやりで知られる

1年で聖書を!
◆ 士師記16-18
◆ ルカ7:1-30
聖書のみことば 使徒11:19-26

 
彼はりっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大ぜいの人が主に導かれた。―使徒11:24

マーク・グラハム陸軍少将は、2年間、コロラド州のフォート・カーソン基地の司令官でした。彼は兵士たちに親切に接することで知られ、みんなに愛されていました。軍の同僚は、「彼ほど思いやりがあって、兵士たちとその家族の幸せを気にかける指揮官に会ったことがありません」と話しました。マークと妻のキャロルは、ひとりの息子を自殺で失い、もうひとりの息子を戦闘で亡くしました。そのようなことがあって、ふたりは決心しました。任務が原因で心に病を負った兵士やその家族たち、また、戦死した兵士の家族たちを助けるために、自分たちをささげることにしたのです。

金メダルに価する働き

1年で聖書を!
◆ 士師記4-6
◆ ルカ4:31-44
聖書のみことば ピリピ2:4-11

 
自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。―ピリピ2:4

カンザス州高校陸上選手権の2009年の大会で、珍しいことが起こりました。女子3,200メートルリレーで優勝したチームが失格になりました。しかし、さらに変わったことが起こりました。繰り上げ優勝したチームのメンバーが、くるりと向きを変え、失格したチームのメンバーに自分たちのメダルを渡したのです。

頼み綱になる

1年で聖書を!
◆ 申命記30-31
◆ マルコ15:1-25
聖書のみことば ルカ7:1-10

 
イエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、しもべを助けに来てくださるようお願いした。―ルカ7:3

がっちりとした工場労働者が「妹のために祈ってくれないか?」と、きまり悪そうに尋ねました。私は疑いの目で彼を見返しました。ある夏休みのアルバイト先の工場での出来事です。

自分を忘れる

1年で聖書を!
◆ 申命記3-4
◆ マルコ10:32-52
聖書のみことば ピリピ2:1-4

 
だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、―ヤコブ1:19

去年の夏、近くの川でマス釣りをしていたときのことです。私は餌をやった近くの魚をじっと注視していましたが、ふと目を上げると、知り合いのデイブ・タッカー氏の姿がありました。彼はフライフィッシングのガイドとして名の知れた人です。すると、私は突然緊張してしまい、次の一投でしくじり、魚を逃がしてしまいました。集中すべきことから意識をよそに移したとき、こういうことが起こったのです。

救急外来での交わり

1年で聖書を!
◆ レビ記25
◆ マルコ1:23-45
聖書のみことば ガラテヤ6:1-10

 
互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。―ガラテヤ6:2

最近のことですが、私たち夫婦は、私が教えている大人の日曜学校の生徒から食事に招待されました。ところが彼女は、私たちのために一生懸命料理をしていて、人差し指を深く切ってしまいました。私たちは、彼女に付き添って救急外来に行きました。そして、その間、祈っていました。彼女は数時間待たされて、やっと医者に診てもらえました。

泣くことと喜ぶこと

1年で聖書を!
◆ レビ記6-7
◆ マタイ25:1-30
聖書のみことば ローマ12:9-16

 
喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。
―ローマ12:15

ゴルダ・メイアは人生の苦難も成功も両方経験しました。建国して20年そこそこのイスラエルの首相となり、多くの紛争や敗北を体験しましたが、同時に、いくつかの成功と勝利の喜びを味わった時期もありました。彼女は、喜びと悲しみについて、「心の底から泣くすべを知らない人は、笑うすべも知らない」と語りました。

幸運を祈る

1年で聖書を!
◆ 出エジプト記31-33
◆ マタイ22:1-22
聖書のみことば ピリピ1:9-18

 
私は祈っています。あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、―ピリピ1:9

正月の期間にシンガポールでディナーや会食をすると、最初の一品は、生魚、生野菜、ドレッシング、紅しょうがの入った「ユ・シェン」という料理であることが一般的です。この名前は、中国語の「豊かな年」という単語の語呂合わせです。この料理を出席者全員で、幸運を呼ぶ、ある文句を唱えながら一緒に混ぜます。これがしきたりなのです。

嫌われ者

1年で聖書を!
◆ 出エジプト記4-6
◆ マタイ14:22-36
聖書のみことば ヤコブ2:1-9

 
もし人をえこひいきするなら、あなたがたは罪を犯しており、―ヤコブ2:9

その人の顔は垢でよごれ、長い髪は汚らしく、服にはビールのしみがついていました。彼の周りには悪臭が漂っています。この人が礼拝堂に足を踏み入れると、主日礼拝に来ていた教会の人たちはみんな、知らんぷりをしました。彼は、説教壇に近づいていきます。そして、かつらを脱いで、礼拝メッセージを始めました。教会員はあぜんとしました。その人は、自分たちの牧師だったのです。

私を通して神の愛が

1年で聖書を!
◆ アモス書7-9
◆ 黙示録8
聖書のみことば Ⅰコリント13

 
愛は決して絶えることがありません。―Ⅰコリント13:8

修養会のリーダーが、第1コリント13章4節から8節の「愛」を「イエス」に置き替えて音読しましょう、と言いました。「イエスは寛容であり、イエスは親切です。また人をねたみません。イエスは自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、…イエスは決して絶えることがありません。」まったく違和感がありません。ところが次は「イエス」に替えて自分の名前を入れましょう、と言いました。