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闇に光を灯す

ヴァーツラフ・ハヴェルはチェコスロバキアの反体制運動の指導者でしたが1989年、国民の自由選挙で選ばれた最初の大統領になりました。2011年に死去し、葬儀がプラハで営まれました。このとき元アメリカ国務長官でプラハ生まれのマデレーン・オルブライトは、「ハヴェルは深い暗闇の世界に光を灯した」と述べました。

誰が告げるのか

第二次世界大戦が終わり、平和が宣言されました。しかし、フィリピンのルバング島に駐留していた大日本帝国陸軍の小野田寛郎少尉は、戦争の終結を知りませんでした。終戦を知らせるビラが空からまかれるなど、捜索活動はありました。しかし1945年、彼が最後に受けた命令は、「そこに留まり戦え」でしたから、それらは敵の陽動作戦だと考えたのです。小野田少尉が投降したのは、1974年の3月、終戦から30年近くたってからでした。彼の上官だった元陸軍少佐がフィリピンに赴き、正式に任務を解除しました。こうして小野田少尉は、ようやく戦争の終結を受け入れました。

私たちの責任

英国の学者が世界の宗教者に一致を呼びかけると、人々は称賛しました。その人は、世界の主な宗教はどれでも「黄金律」を説いているのだから、協調して平和に暮らせるグローバルな社会のために、宗教を超えて互いに協力すべきだと言いました。

ゆっくりしましょう

子どもの頃、毎月のようにウェストバージニア州の母の実家に行きました。オハイオ州の都会から出かけて農場の家に到着すると、祖母は決まって「さあさあ、中へ入って、ゆっくりしなさい」と出迎えてくれました。それは、くつろいで近況を聞かせて欲しいという意味でした。

自分の話

その大ごとが起こったのは、1975年のことでした。親友のフランシスに知らせなければなりません。アパートに行くと、彼は出かけようと急いでいましたが、私の真剣な様子に、大切なことだと思ったのでしょう。「どうしたの?」と尋ねました。私は単刀直入に「昨日、イエスにいのちを明け渡した」と言いました。

一度しか死ねない

奴隷の子として生まれ虐待された少女、ハリエット・タブマン(1822-1913)は、母が語った聖書物語に希望を見いだしました。イスラエル人が奴隷から解放された話から、神のみこころは、ご自分の民が自由になることだと教えてくれました。やがて、ハリエットは逃亡して自由州に逃げ込み、奴隷ではなくなりました。しかし彼女は、それだけでは不満でした。依然、多くの人たちが奴隷だったからです。彼女は、逃亡奴隷を助ける危険な運動を指揮しました。「一度しか死ねないのだから」と言っていたそうです。

最高の喜び

ポッター夫妻は3人の子どもがいる愉快な夫婦でしたが、1956年にオクラホマ・シティーで行われたビリー・グラハム大会に参加して、キリストに人生をささげる決心をし、新しい道を歩み始めました。そしてしばらくすると、自分たちの信仰の証として、キリストの真理を他の人々に伝えたいと思い、毎週土曜日の夜、自宅を開放して高校生や大学生といっしょに聖書を学ぶことにしたのです。

キリストの香り

あなたの記憶は、五感のうちのどれによって最も呼び覚まされるでしょう。私の場合は嗅覚です。あるサンオイルの匂いは、フランスの海岸を思い出させます。にわとりのえさの匂いは、子どもの頃の祖母の家を思い出させます。松の香りはクリスマスを、あるローションは息子が十代の頃を思い出します。

美しく描く神

ネサワルコヨトル(1402-1472)は、ヨーロッパ人の到来前、メキシコの一地方を治めていました。彼の名は「飢えたコヨーテ」という意味ですが、これには深い含みがあります。彼が書いた詩に、霊的な飢え渇きが表されているからです。「私が礼拝する神々は石の偶像だ。話しもせず感じもしない…。大きな力を持った知られざる神がおられ、そのお方は宇宙の造り主だ。このお方だけが苦しむ私を慰め、悩む私を助けることができる。このお方に私の助け主、守り主になっていただきたいものだ。」