神に賜った才や業
ヴァン・クライバーンやウラディミール・ホロヴィッツのような超一流のピアニストは、ニューヨークのスタインウェイ&サンズの主任コンサート調律師、フランツ・モアを頼りにしていました。彼のピアノの調律は完璧だったからです。モアは、その長年の経験と知識から、多くの有名ピアニストに慕われました。また、調律の技術は、自分が神に仕える手段だと信じ、自身の信仰をピアニストや公演スタッフたちに語ることもありました。
善行のために造られた
数メートル先にいる父娘が、カードを落としました。私は会社に遅刻しそうだったので、自分たちで気付くだろうと心に言い、無視しようとしました。しかし、そんな気配はありません。結局、良心の呵責(かしゃく)に耐えられず、カードを拾って追いかけました。すると、彼らは大喜びしたのです。私もひどくうれしくなって、「こんなささいなことで、なぜこんなにテンションが上がるのだろう」と不思議でした。
簡単にムカつかない
数カ月間の感染症対策の後、対面での礼拝が再開され、私は教会の人たちに久しぶりに会えると楽しみでした。しかし一部の人々、特に年配の人たちは、安全上の理由で欠席したり、すでにこの世を去っていたりで、会えません。ですから、ある年配の夫婦が礼拝堂のいつもの席に座っているのを見つけた時、とてもうれしくなりました。私は二人に手を振りました。夫は手を挙げましたが、妻は仏頂面で見つめているだけでした。私は少しムッとして、なぜだろうといぶかりました。
神に関する誤解
ミケランジェロが1515年に完成させたモーセ像には、額の上から突き出る2本の角があります。それは多くの中世やルネッサンス期の芸術家に共通の描写ですが、その理由は当時の聖書の訳です。ヘブル語で「角」は「光線」を意味します。神の前に出た後、モーセの顔は輝いていました(出34:29参照)。それを、ラテン語のウルガタ聖書は「角」と直訳したために、モーセは誤解されたのです。
神の愛で愛す
ある冬の日、家の雪かきをする高齢の女性を見かけた宅配ドライバーが「私がやりましょう」と申し出ました。彼女は81歳でしたが、配達の遅れを心配して、別のシャベルを取り出し、近所の人たちが遠目に眺める中、一緒に雪かきをしました。15分ほどで終わり、「神があなたを送ってくださった。本当にありがとう」と言いました。
キリストの平和
ニューヨーク州北部アディロンダック・パークの自然をめぐり、開発か保護かで大論争になりました。商工会のリーダーは、環境保護団体の人たちに「よそ者はさっさと帰れ!」と怒鳴りました。しかし、町役場の人は「強硬な主張で勝てますか? 怒鳴らずに話し合いましょう」と呼び掛け、コモン・グラウンド・アライアンス(共通の土台連合)という仲介組織を作りました。住民の対話集会の成果は、約4,000平方キロメートル(東京都の面積の約1.8倍)の自然が保護されただけではありません。町は過去20年間で最も豊かになりました。
進むべき道
スコットとブリーは、聖書の教えに背く生き方を選択した家族や友人に、どのように関わればよいだろうかと悩みました。しかし、聖書を学び祈るうちに、方向性が見えてきました。彼らはまず、その人たちをより強く愛しました。次に、神のご配慮によって彼らに与えられている長所を率直に伝えました。最後に、聖書の教えに沿って優しい気持ちで付き合いたいと伝えました。二人は、キリストの愛を注ぎ続け、時とともに、家族や友人たちと強い信頼関係が築かれました。
与える喜び
飛行機の中でせっせとセーターを編んでいた女性が、編み針を出し入れする様子をじっと見つめる赤ちゃんの存在に気付きました。そして、このセーターを完成させる代わりに、あの子に帽子を編んであげようと思いつきました。5時間のフライトの残りは、あと1時間。それで完成させなければなりません。彼女が着陸時に小さな帽子を赤ん坊の母親に差し出すと、家族みんなが喜び、他の乗客は笑顔で拍手を贈りました。
神の気前良さに応える
リディアは匿名で1万ドル(約150万円)を寄付されましたが、自分のためにはほとんど使わず、家族や同僚のために使ったり、被災者支援や慈善団体に気前良く寄付しました。彼女はそうとは知らずに、無条件で1万ドルを受け取った200人の反応を調査する研究に参加していたのです。この調査の結果、贈られたお金の3分の2以上が寄付されたことが分かりました。非営利団体TEDの代表クリス・アンダーソンは、この例を取り上げて「私たち人間は、太っ腹な行為には太っ腹な行為で応えるようにできている」と語りました。