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イエスを愛した記憶

スウェーデンにも「断捨離」と似た考え方があって「死のお片付け」と呼ばれます。年齢を重ねたら「モノ」を増やさずに、ため込んできた不用なものを処分していくことは、子どもや親族たちに対する愛の贈り物だといいます。遺品整理を簡単にするからです。

フェイクは禁止

ライドシェアを利用した時、においのきつい物を食べながら、スマホで恋人と口論しながら、詐欺まがいの投資を勧めながら、などというドライバーがいた、と言った人がいました。しかし、彼はその人たちに星5つの評価を付け、その理由をこう言いました。「みんな悪人には見えません。私の悪い評価で失業させるのは申し訳ないと思いました」。彼はうそのレビューをして、当該ドライバーや他の利用者たちに事実を伝えなかったのです。

神にある賢い自制

アメリカ南北戦争、ゲティスバーグの戦いで、南軍は壊滅的な敗北を喫しました(1863年)。南軍のリー将軍は、疲れ切った兵士を率いて自分たちの土地に退却しようとしましたが、大雨でポトマック川が氾濫して退路が断たれました。リンカーン大統領は、北軍のミード将軍に攻撃を促しましたが、北軍の兵士たちも同じく疲弊していたので、彼は兵を休ませました。

神のあわれみを映す

ソビエト連邦がフィンランドに侵攻した冬戦争(1939年~1940年)の際、負傷して倒れていたフィンランド兵にソ連の兵士がライフルを向けながら近づいてきました。フィンランド兵はもうだめだと思いました。しかし、相手は応急処置のキットを渡して立ち去りました。その兵士は、なんと後日、逆の立場で同じ状況に出くわしました。負傷して倒れているソ連の兵士に遭遇した彼は、医療品を渡して立ち去ったのです。

愛で関わる

メレディスの母親は、娘の結婚式でコリントの信徒への手紙一13章のみことばを朗読しました。これは「愛の章」と呼ばれていて結婚式にぴったりです。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない」(4節)。それを聞きながら、新郎新婦や列席者たちは、これが書かれた背景を知っているかしらと考えました。使徒パウロは恋愛の詩を書いたわけではありません。彼は、激化する反目を解決してほしいと教会の人たちに嘆願しているのです。

釣りざおと新しい友

ある日の午後、パティは近所の川のほとりで釣りをしました。魚釣りではありません。最近、この地区に引っ越してきたので、友だちが欲しかったのです。さおの先には、餌もルアーもありません。彼女は、頑丈なチョウザメ用のさおにクッキーの袋をくくりつけ、暑い夏の日に川下りするゴムボートの人たちに差し出しました。そのおもてなしは、皆にうけたようです。この独創的な方法で、彼女は隣人たちと知り合いになりました。彼女は文字通り、友だちを釣りに行ったのです。

人の世話をする

友人のドウェインの母シャーリーンは94歳で、とても小柄な人です。しかし、健康上の理由で自活できない息子のために、できるだけのことをします。彼女の部屋は、家の2階にありますが、客が来ると、ゆっくり16段の階段を降りてきます。愛する息子の介護を手伝うときもそうです。

低くされている者を愛す

教会に新しい家族が訪れました。私は車いすの少女に膝をついてあいさつし、私の介助犬カリーを紹介し、彼女のピンクのメガネと靴を褒めました。少女は言葉を話しませんが、その笑顔から、この出会いを喜んでいると分かりました。

話さずにいられない

ジョン・ダニエルスは言いました。「あのね、イエスは君を愛しているよ。すごく愛してるんだ」。彼の人生最期の言葉です。ホームレスの男性にお金をあげ、こう言って別れた直後、車にはねられて亡くなりました。葬儀の式次第には、こう書かれていました。「ジョンは、より多くの人に手を差し伸べる方法を思案していました。あの日曜日の午後、困窮する男性を助けた後、神は彼に世界に触れる手を授けられました。地元の全テレビ局が報道し、家族や友人のみならず全米の人の心を動かしたのです」