唐辛子
サハラ砂漠で過ごした少年時代を振り返って、サムは言いました。「夜寝る前にお母さんが、唐辛子をくれるんだ。辛くて水を飲むと、おなかがふくれるだろう。でも、やっぱり腹ペコだったよ。」サムの父は政変によって亡命を余儀なくされ、残された家族を母がひとりで支えていました。弟は赤血球異常による貧血症でしたが、病院に行くお金はありません。教会に行っていましたが、サムにとっては無意味でした。むしろ、「どうして神さまは僕らをこんな目にあわせるのだろう」と思っていました。
愛の大使
チャプレンという仕事柄、職場でケアする人以外からも信仰のことを教えて欲しいと言われることがあります。喜んで時間を割きますが、実は教えるより教えられることの方が多いのです。ある時、クリスチャンになりたての真面目な人が、「聖書を読むことは、私のためになりません。神が私に求めておられることを読めば読むほど、私は周囲の人を裁いてしまいます」と、自分の悩みを打ち明けました。
最高の喜び
ポッター夫妻は3人の子どもがいる愉快な夫婦でしたが、1956年にオクラホマ・シティーで行われたビリー・グラハム大会に参加して、キリストに人生をささげる決心をし、新しい道を歩み始めました。そしてしばらくすると、自分たちの信仰の証として、キリストの真理を他の人々に伝えたいと思い、毎週土曜日の夜、自宅を開放して高校生や大学生といっしょに聖書を学ぶことにしたのです。
今まさに必要なもの
私は高齢者施設で、高校の合唱部が歌う「やすけさは川のごとく」を聞いていました。この曲は亡くなった娘メリッサの葬儀に使ったもので、それを聴くとたまらなくなります。メリッサの姉、リサはこのクラブの顧問です。父の気持ちを知っているはずなのになぜ…と思っていると、隣にいた男性が身体を傾け、「これは、今まさに私に必要なものです」とささやきました。私は自己紹介をして、その理由を尋ねました。すると彼は、「先週、バイクの事故で息子を亡くしたのです」と言いました。
キリストの香り
あなたの記憶は、五感のうちのどれによって最も呼び覚まされるでしょう。私の場合は嗅覚です。あるサンオイルの匂いは、フランスの海岸を思い出させます。にわとりのえさの匂いは、子どもの頃の祖母の家を思い出させます。松の香りはクリスマスを、あるローションは息子が十代の頃を思い出します。
美しく描く神
ネサワルコヨトル(1402-1472)は、ヨーロッパ人の到来前、メキシコの一地方を治めていました。彼の名は「飢えたコヨーテ」という意味ですが、これには深い含みがあります。彼が書いた詩に、霊的な飢え渇きが表されているからです。「私が礼拝する神々は石の偶像だ。話しもせず感じもしない…。大きな力を持った知られざる神がおられ、そのお方は宇宙の造り主だ。このお方だけが苦しむ私を慰め、悩む私を助けることができる。このお方に私の助け主、守り主になっていただきたいものだ。」
今日という日
バージニア・コナリーは1940年、周囲の批判を振り切って、テキサス州アビリーンで初めての女性の医師になりました。27歳でした。そして、100歳の誕生日を控えた2012年のある日、テキサス州医師会から最高の名誉ある賞を授与されました。この間、コナリーは毎日コツコツと神と人とに仕え、数々の医療伝道旅行に参加し、情熱をもって福音を伝えました。
心のチェック
通勤電車には、「隣の席の知らない人には話しかけない」など、暗黙のルールがあります。シカゴに通勤していた頃、このルールに従うのは本当に大変でした。私は新しい人と話をすることが大好きなのです。しかし、そんなルールに従いながらも、その人の読んでいる新聞のページをちらりと見れば、その人のことが推察できると思います。経済、スポーツ、政治、コラム…。彼が最初に開くページは何でしょう。それによって、どの分野に興味があるか分かります。
誰のために働くのか
ヘンリーは週に70時間も働きました。仕事が大好きで、稼ぎも良く、家族にゆとりある生活をさせていました。いずれは仕事のペースを落とそうと思っていましたが、いまだ実現していません。ある日、彼はビッグニュースを手に帰宅しました。ついに社長に昇格したのです。しかし、家には誰もいません。いつの間にか、子どもたちは成長して独立し、妻も自分のキャリアを見つけていました。家には、この素晴らしいニュースを分かち合う人が誰もいなかったのです。