ライト兄弟の妹
ほとんどの人がライト兄弟を知っているでしょう。飛行機を発明、製作し、1900年代初頭、人類初の飛行に成功したウィルバーとオービルのことです。しかし、彼らの成功に欠かせない存在だった妹、キャサリン・ライトの名はあまり知られていません。彼女は実験や作業に熱中する兄たちを、静かに優しく手伝いました。兄たちの収入源でもある家業の自転車屋を切り盛りし、オービルが墜落事故で負傷した折には、彼を看護するために、教師の仕事を辞めました。そして、兄たちが名声を高めていくと、次々に発生する雑事を引き受けました。
罪の帳消し
娘の万引きを知らされ、ジュリー夫婦は大変心を痛めました。しかし、娘が恥じ入って謝罪したので、神の助けを得て、彼女を赦(ゆる)し、カウンセリングを受けさせ、被害者にも弁償しました。数カ月後、もう親に信用してもらえないと、娘がポツンと言った時、ジュリーは「何のこと⁉」と思いました。万引きの件がすぐには思い浮かばなかったのです。神がジュリーの心のとげを既に抜いておられたのでしょう。あの時、彼女は過去にとらわれないと決心し、娘を赦せるように祈ったのです。
互いを思いやる
赤信号で止まった時、若葉マークのついた前の車に「忍耐をお願いします!」というステッカーが貼ってありました。あおり運転など路上の事件を見聞きする昨今、忍耐の喚起は妙案だと思いました。
信仰によるもてなし
公民権運動が活発だった頃、ニューオーリンズの有名な料理人リア•チェイスは、自分にできることを精一杯しました。全ての人々に平等な権利を、と行進する人々に食事を振る舞ったのです。彼女は語ります。「私は食事を提供しただけです。彼らは何かのために闘っていました。外に出れば何が起こるか、路上で何が降りかかるか分かりません。けれども、ここに来たら食事が用意されている。彼らはそれを知っていました。それが私にできることでした」
全て赦される
ヘミングウェイの短編小説に、疎遠な息子と再会したいスペイン人の父親の話があります。彼は地元紙に次のような広告を載せます。「パコ、火曜日の正午にモンタナホテルに来てくれ。全て赦(ゆる)すから」。すると、800人の「パコ」がやって来ました。この物語のテーマは人の心の奥底には赦されたいという願いがあるということでしょう。それはイエスのたとえ話を想起させます。放らつな生活を求めて家を出た若い男性はやがて窮地に陥ります(ルカ15:13-14)。そして「我に返って」家に戻ると(17節)、父は駆け寄ってきて、彼に謝罪を口にする間さえ与えず、抱きしめます(20節)。父は「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかった」と喜びました(24節)。この物語で、父は神を表し、息子は私たちを表します。私たちが神の元に戻るとき天の御国は喜びに湧くのです。
主にある慈しみの勝利
近代メジャーリーグ初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンは、1947年5月9日、フィラデルフィアのシャイブパークで行われた試合に出場し、10歳の少女ドリスは父親と2階スタンドで観戦しました。ドリスの父親は、高齢の黒人男性が隣の席に座ると、笑顔であいさつしました。試合について語る二人のそばで、ドリスは大人になった気分でした。「あの人の笑顔は忘れられない」と語ります。そこには、白人少女ドリスと奴隷の息子だった黒人男性が語り合うほほ笑ましい光景がありました。
弱さが生み出す美
画家のドガは網膜の病気を患い、視力が低下すると、油彩画よりもはっきり見えるパステル画を描きました。ルノワールは、関節リウマチで指が湾曲し硬直すると、その間に筆を固定して描き続けました。マティスは、手術して動けなくなると、壁に大きな紙を広げさせ、切った色紙を指示どおり貼らせ、「切り紙絵」を作りました。どの場合も、画法の創造性を躍進させました。ドガの『青い踊り子たち』、ルノワールの『ピアノに寄る少女たち』、マティスの『王の悲しみ』などの傑作は、彼らが試練に適応する中で生まれました。
見ようとしない
ヌニェスが滑落した先は、盲人の谷でした。初めの入植者たちの視力を疫病が奪い、その後に生まれた人は皆、生まれつき盲人でした。何世代にも渡って見えない生活をしてきた彼らに、ヌニェスは見えるということを説明しようとしますが、彼らは無関心でした。ヌニェスはようやく谷から出る道を見つけ、村を去ります。峰から眼下を眺めると、岩石流が盲人たちの村に向かっているのが見えました。彼は戻って警告しましたが、人々はヌニェスを無視したのです。これがH.G.ウェルズの『盲人国』という物語です。
現代のパウロ
ジョージ・バウワーは、1957年、ビリー・グラハム伝道集会でキリスト者となり、人生が激変しました。すぐにOM(オペレーション・モビライゼーション)という宣教団体を始め、1963年にはヨーロッパに2千人の宣教師を送りました。OMは毎年数千人の宣教師を派遣し、20世紀最大の宣教団体となりました。2023年、バウワーが天に召された時点では、134カ国から3千人以上が働き人として147カ国で活動し、OMとの関わりをきっかけに設立された宣教団体は、300近くありました。