究極の旅路
マダガスカルの国道5号線からは、白砂の海岸線、ヤシの森、インド洋の美しい景色が見えます。ところが、この全長約200キロの2車線道路は、むき出しの岩と砂、そしてぬかるみだらけで、世界最悪の道だと言われています。その息を飲むような絶景を見たいのなら、四輪駆動の車とベテランの運転手、そして整備士を同乗させて旅に出るべきだそうです。
知っていること、行うこと
中国の哲学者、韓非子は人生について、「事実を知るのは易しい。事実に基づいていかに行うか、それが難しい」と考察します。イエスのもとに来た金持ちには、この問題がありました。彼はモーセの律法を知っていて、小さい頃から守っていると言います(マコ10:20)。 しかし、それに加えて何か聞けるかもしれない、と思ったのでしょう。「尊い先生、永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか」と尋ねました(17節)。ところが、イエスの返答にがっかりしました。持ち物を売り払って貧しい人たちに施し、自分について来なさいと言われたのです(21節)。
聖なる心の賛美
友人のマイルナは外国旅行中、礼拝をささげるために教会に行きました。その教会の人たちは会堂に入るとまず、正面から顔を背けてひざまずき、祈っていました。人々は礼拝の前に、自分の罪を神に告白していたのだそうです。
手を挙げる
ミネソタ州ノースフィールドのセント・オラフ聖歌隊の美しい歌声は有名ですが、その卓越した合唱の鍵は隊員の選別にあります。応募者の中から隊員を選ぶ際、その人の歌唱力だけでなく、全体に調和する歌声かどうかを確かめます。また隊員は、聖歌隊を最優先にして、厳しい練習と決められたコンサートに忠実に参加することを約束しなければなりません。これも、彼らが素晴らしい理由です。
なきにも 等しい
ヤコブは、自分をそこそこ良い人間だなどと思ってはいませんでした。むしろ、自分は罪にまみれた人間だと思っていました(創32:10)。神の恵みに値しないと思っていました。彼は兄のエサウから長子の権利をだまし取り、兄に恨まれていました(27章)。幾多の年月が流れ、ヤコブは今、エサウに再会しようとしていました。