家を指し示す祈り
子どもの頃に最初に学んだ祈りは「これから眠ります。主よ、私のたましいをお守りください」でした。親から教えてもらい、自分の幼い子どもたちにも教えました。私は、こう祈って神の御手に自らをゆだねると、安心して眠れたのです。
天の助け
モールス信号のSOSは遭難を知らせる手段として1905年に考案されました。そして、1910年、ケンタッキー号が沈没する際に使われて、46人の乗組員全員が助かったことで広く知られるようになりました。SOSは比較的最近の発明なのです。
ハチとヘビ
パパの出番という種のトラブルがあります。先日、子どもたちが玄関先にハチが住みついていると言うので、殺虫剤をもって奮闘し5個所も刺されました。何とも災難ですが、妻や子どもたちが刺されるよりはましです。子どもたちは私のもとに来ました。パパが危険から守ってくれると信頼しています。
依存の宣言
がんと闘う母のために、ローラはある朝、友人と祈りましたが、その人は脳性まひで身体が不自由でした。彼女は「主よ、あなたは私の何もかもを満たしてくださいます。どうかローラのお母さんにも、そうしてあげてください」と祈りました。ローラは、神に完全に依存しているという彼女の宣言に感動しました。そして「自分はどうだろう。毎日、何をするにも神に依存することを意識すべきだ」と思ったそうです。
言葉にできない
先日、仕事を終えた妻を迎えに行こうとして、スマホの音声入力を使い「ママ、どこに迎えに行けばいい?」とメールを送りました。子どもたちが巣立った後も、親しみを込めて妻を「ママ」と呼ぶことがあるからです。しかし、音声入力装置はこの言葉を聞き違えて「ババ」と文字化してしまいました。
みもと近くに
娘を学校に送った後、20分ほどの道のりを歩いて帰ります。この時間を使って聖書のみことばを暗記することができます。もちろん、やる気が必要ですが…。このときに繰り返し心の中で唱えたみことばが、その日の後になって、ふと思い浮かぶことがよくあります。そうすると安心感に包まれたり、知恵が与えられたりします。
視点を変えて
私たちの町は30年ぶりの厳しい冬を過ごしました。連日の雪かきで筋肉痛になり、いくらかいても減らない雪にうんざりしました。しかし、一段落して長靴を脱ぎ、家に入ると、暖かな暖炉とそれを囲む子どもたちがいます。安全な家の中から窓の外の景色を眺めると、視点も気分も変わり、かき残した雪にいら立つのではなく、美しいモノトーンの雪景色を楽しむことができました。
祈りによってのみ
夜遅く、がんで闘病中の友人から電話がありました。泣きじゃくっています。私はもらい泣きをしながらも「主よ、どうすればよいのですか」と、心中、祈りました。彼女の嘆きに胸が締め付けられそうです。身体や心の痛みを軽くしたり、何とかしたりするどころか、気の利いた励ましの言葉も思いつきません。しかし、助けてくださるお方は知っています。私は泣きながら「イエスさま、イエスさま」と呟きました。すると泣き声がすすり泣きになり、彼女の深い呼吸が聞こえてきました。やがて友人の夫が「妻は眠りました。明日電話します」と電話口で言いました。私は祈りつつ、涙で枕を濡らして眠りました。
祈りを贈る
ローラは「病気の弟のために教会の皆さんが祈ってくださるまで、私は祈りがどれほど大きな贈り物か理解していませんでした。皆さんの祈りは言葉で表せないほどの慰めでした」と言いました。彼女は涙ながらに、私たちの教会が、がんと診断された彼女の弟のために祈ってきたことを感謝しました。そして、その祈りが、彼女の弟に戦う力を与え、家族全員が励まされていると言いました。