眠れない夜
大学生の頃、夏休みにコロラド州の美しい山の中にある民宿で働きました。その民宿のスタッフは、夜になると交代で夜番をします。私たちは寝ているお客さんを守るために、一晩中、森林火災に目を光らせるのです。最初は、人目に留まらない、疲れるだけの仕事だと思っていました。ところが、やがて、大いなる神の臨在の中で静まり、内省し、たましいがうるおされる特別な時間になったのです。
ダビデ王は神の臨在を渇望しました(詩63:1)。床についても、夜がふけても、それを求めました(6節)。これを読むと、ダビデが思い悩んでいたことは明らかです。もしかしたら、息子アブシャロムの反逆に対する深い悲しみを表したのかもしれません。しかし、ダビデにとって、夜は「御翼の陰」(7節)で、神の助けと癒しを体験する時でした。
もしかすると、あなたは今、人生の危機や困難に直面しているかもしれません。あなたの「アブシャロム」が重く心にのしかかって、心地よい眠りにつけずにいるでしょうか。家族の問題や仕事の責任、家計の苦しさという重荷が、あなたから安息の時間を奪っていますか。もしそうなら、眠れない時間は、神を呼び求め、神にすがりつくチャンスだと考えましょう。神の愛の御手があなたを支えてくださいます(8節)。
勇気を呼び起こす
ロンドンの英議会前広場にはチャーチル、ガンジーなどの像に交じり一体の女性の像が立っています。ミリセント・フォーセット、女性参政権のために戦った人です。仲間にささげた言葉「勇気は勇気を随所に呼び起す」と記した旗を持ち、不朽の名声をたたえられています。フォー セットは、勇気が勇気を呼び、臆病な人を動かすと主張しました。
主は備えてくださる
大学を卒業し、大学院が始まるまでの間、私は不安でした。新しい土地に移るのでバイトが決まっていません。私はきちんと計画しないと落ち着かないタイプです。ところが、夏休みの終了間際、バイト先の会社から在宅で継続しないかと言われ、神が生活の面倒を見てくださっ ていることを再確認し、安心しました。
涙の海
マサチューセッツ州ボストンに「涙の海を渡る」という銘板がありますが、これは1845年から数年続いたアイルランドのジャガイモ飢饉の際に、勇敢に大西洋を渡った人たちを記念しています。この災害で100万人以上の人々が亡くなり、更に100万人以上の人々が故郷を捨て、海を渡りました。この状況をジョン・ボイル・オライリーが「涙の海」と詩的に名づけました。彼らは、飢餓と苦悩に追い立てられながら、必死に希望を求めたのです。
人生の試練を理解する
友人の父が、がんと診断されました。彼は、抗がん剤治療の最中、キリストを信じる決心をし、病気の進行が止まりました。ところが18か月後、さらに悪い状態で再発。彼と妻は、この事態に戸惑いましたが、神を信頼する信仰は揺るぎませんでした。神が支えてくださったことを覚えていたからです。
力を回復
完走する、4時間台でフィニッシュする、という目標を立てて、54歳でミルウォーキー・マラソンに挑戦しました。前半と後半を同じペースで走れたら非常に良いタイムだったのですが、レースはきつく、体力を回復し後半で盛り返すという訳にはいきませんでした。痛む足を引きずり、ほぼ歩いてゴールしました。
屈しない勇気
大きなホテルの前に1970年代のある日、年配の人が集まり、少し若い人が走り回って荷物の世話をしていました。「あの人たちは?」と尋ねると「牧師たち」との答え。「で、あの若い人は?」と尋ねると、「あれはマルティン・ニーメラー牧師。80歳です。彼は何も恐れないので若々しいのです」と答えたそうです。ドイツの大半の牧師はヒトラーに屈しましたが、神学者でもあったマルティン・ニーメラー師は、勇敢にナチスの悪に抵抗しました。
逃げない
企業で働いたおかげで、多くの有能で良識ある人たちと出会いましたが、例外もあります。遠地にいる上司でしたが、彼はチームが成果を出しても厳しく批判し、毎週の電話で無理な要求をします。私は毎度の圧迫に脅かされ、逃げたいと思ったこともありました。
予定が狂う
もう遅刻なのに「うそでしょう」と思いました。渋滞の警告が出ています。車の流れが次第に遅くなりました。もう笑うしかありません。私は、自分の予定に沿ってものごとが進むと思っていました。道路工事は想定外です。