永遠の手紙
ホビー・ロビーという手芸チェーン店の創設者の家族は、キリストを信じて生まれ変わった人たちです。社長のスティーブ・グリーン氏は聖書のみことばが大好きで、世界中の稀覯(きこう)本や古文書を集めた聖書博物館を建てたいと願っています。「聖書が何を語っているのか人々に考えてもらいたくて、聖書の話にまつわる博物館を作りたいと思っています。
境界線に感謝しよう
これまで多くの人々と出会いましたが、神の命令に従ったために人生がめちゃくちゃになったという人に会ったことはありません。ところが、自分の生き方を神の道に合わせて変えていくべきだと語ろうものなら、今は個人の自由は不可侵の権利という時代ですから、「権利を侵害している」と見なされてしまいます。
開かれた耳
最近、耳が遠くなったので賛否両論のある治療を試すことにしました。それは、耳あかを溶かして、耳を聞こえにくくしている障害物をすべて取り除くというものでした。風変わりな治療法だという感想は否めませんが、どうしてもきちんと聞こえるようになりたかったので、試してみることにしました。
思いもよらない励まし
励まして欲しいと今、思っていませんか。次から次へと悪いことが起こるので、元気をくれる何かが欲しいと思っていませんか。ダビデの詩篇が、その願いをかなえてくれます。この否定的と思われがちな言葉を通して、思いがけない励ましを得ることができるのです。
頭からこころへ
子どもの頃のピアノの先生は、暗譜にこだわる人でした。一曲を間違わないで弾くというだけでは十分でなく、何曲かを連続して弾いて、どれも完璧でなくてはいけませんでした。その理由は、ピアノを弾いて欲しいと人に言われたときに「ごめんなさい、楽譜がないから弾けません」と言わなくても良いように、ということでした。
子どもの頃、聖句の暗記もしました。詩篇119篇11節も覚えました。私は幼かったので、聖書を暗記すれば罪を犯さないのだと信じ、一生懸命暗記しました。暗唱聖句で表彰され「ムーディ・バイブル・ストーリー」の本をもらったこともありました。
聖書を暗唱することは良い習慣ですが、覚えるだけで罪を犯さなくなるわけではありません。私も表彰されてまもなく、聖書のみことばを頭に叩き込んだけれども、私の態度や行動にはあまり反映されていないと気づきました。知識があるというだけでは罪に打ち勝てるはずもなく、むしろ罪悪感ばかりが募りました。
やがて、私は主のみことばを全人的に理解すべきだと気づきました。つまり、音楽家が演奏曲を自分のものにするように、私もみことばを自分のものとし、心にたくわえるのです。私たちは聖書のみことばを引用するのと同じぐらい、聖書のみことばを行わなければなりません。みことばが私たちにとって、単なる頭の知識から心の宝へと変化するにつれ、罪の影響力は失われていきます。
しっかり立つ
交通量の多い交差点を曲がって登坂に入ろうとしたところ、救急車の姿が坂の上に見えました。こちらに向かって急接近してきます。後続車がクラクションを鳴らして進むよう催促しましたが、救急車が止まるとは思いません。不用意に曲がれば事故を起こすかもしれないので、私はブレーキを踏んだままじっとしていました。
これを霊的に関連づけるなら、他人からのプレッシャーに負けず、しっかり動かずに神だけを信頼しなければならないということです。ソロモン王は、このことに失敗しました。彼は王になったとき、国を治めるために神の知恵を求めました(Ⅰ列3:9)。新しく建てた神殿を献堂したときの祈りは、彼の忠実さをあらわしています(8:23、61)。しかし、彼は道をそれてしまいました。異教の神を礼拝する外国の女性たちと結婚し、彼女たちに影響されて偽りの神々を拝んだのです。聖書は、ソロモンは「主に従い通さなかった」と記しています(Ⅰ列11:1-6、ネヘ13:26)。
今日も、古代の社会と変わりません。私たちは、周りの人たちの影響によって、自分の忠誠心を神と神の真理から別のものに移すように促されるかもしれません。しかし、神に助けていただいて、いのちのことばをしっかり握ることができます(ピリ2:16)。危険な交差点に入りなさいというプレッシャーがあるなら、神のみことばである聖書を学びましょう。神の武具をとり(エペ6:10-18)、聖霊に助けていただきましょう(Ⅰコリ2:10-12)。そして、キリストに従う仲間たちと一緒にしっかりと立ちましょう。