ホテルコロナ
エルサレムのダンホテルは2020年、新型コロナウィルス感染者の療養場所に指定され、「ホテルコロナ」と呼ばれて、良い意味で有名になりました。そこにいる人たちはすでに感染しているので、ともに歌い踊り笑う自由があり、実際そうしました。政治や宗教の対立が顕著な国でも、共通の危機のもとでは、互いを同じ人間ととらえて、友情さえ育めると学んだのです。
私を遣わしてください
スウェーデン人のエリック・ルンドは、1890年代後半、神の召しと感じて、スペイン宣教に赴きましたが、その成果は乏しいものでした。しかし、ある日、ブラウリオ・マニカンというフィリピン人に出会い、福音を伝えました。やがて、ふたりはフィリピンの言語に聖書を翻訳し、バプテスト教会の拠点を設立しました。ルンドが、神の召しに応答したおかげで、多くのフィリピン人がイエスを知ったのです。
キリストが完結させる
ある有名な映画の話です。主人公は仕事で成功の階段を上っていましたが、結婚生活は破綻寸前でした。彼は妻の心をつなぎ止めようと、彼女がいなければ、自分は完結しないと言いました。この考え方の起源はギリシャ神話です。それによれば、私たちは皆、半分であり、もう半分を見つけて完結するというものです。
神の内に安らかに住まう
子どもたちが中学に入ったとき、それぞれに手紙を書きました。自分で自分のことがよく分からず不安だった、あの年頃の自分の経験を思い出し「キリストにある私」ということについて書きました。当時の私は、自分が神の愛する神の子どもである、と納得する必要がありました。私は「自分がどういう存在かという認識は、結局のところ、自分は誰のものなのかという認識なのです」と記しました。自分は、神に造られたことを理解し、神に献身的に従っていこうと決心するとき、私たちは自分のあるべき姿を安んじて受け入れることができます。
聖霊の助け
学生時代、友人たちと大学の講義を時々サボりましたが、期末試験の1週間前のクリス教授の講義には、学生全員が出席していました。試験問題の大きなヒントを出してくれるからです。
祈りの人
祖父はよく祈る信仰の人でしたが、初めて「今日から神に食前の感謝の祈りをささげる」と言ったときのことを叔母が覚えていました。流暢な祈りではなかったそうです。しかし、50年間、祈りつつ1日を過ごす習慣をつづけました。祖父が亡くなったとき、夫は「おじいさんは祈りの人でした」と言って「祈りの手」と呼ばれる植物(ギボウシ) を祖母に贈りました。日々神に従い、神と話す、という祖父の決断は、彼を主の忠実なしもべに成長させました。
何も持たずに
ロバートは友人と朝食に行って財布を忘れたことに気付きました。恥ずかしくて、食べずに我慢しようかと悩みました。しかし、友人の説得を受け入れて食事を楽しみ、友人は喜んで代金を払ってくれました。
大きな物語
クラフトのパーツとして破片を注文したはずなのに、届いた箱には、無傷のステンドグラスが入っていました。調べてみると、それは第二次世界大戦の爆撃を避けるために撤去された教会の窓だと分かりました。注文主のコリンは、その質の高さに驚きました。一つひとつの断片は、美しい絵を形成していました。
私を作り変える
壁紙のリフォームを始めた途端、新型コロナウィルス感染症予防のために、ホームセンターに営業自粛が要請されると聞きました。私はすぐさま店に駆けつけて、必要なものを買い揃えました。中途半端な装備ではリフォームはできないからです。